最近の星空

初秋の星空

 時の流れとともに、季節も確実に代わって行く。10月中旬になると、まるでタイマーがセットされていたかのように、金木犀の花が咲き大気を甘い香で満たしてくれる。秋を心から感じさせてくれる一瞬。
10月の和名は、「神無月」。10月になると日本中の神々が、男女の縁結びの相談をするために出雲の国に集まるため、各地から神が居なくなってしまうことから付いたとか。または、十月になると雷が鳴らなくなることから、「雷なし月」から付いたとか諸説さまざまである。

 10月になると、星空も夏のギラギラした星座たちがようやく西に傾き、代わってしっとりと落ち着きのある秋の星座たちが続々登場している。秋の星座には明るい星がなくて寂しいというが、秋の星座までも夏や冬の星座のように華やかだったら、人は星を見なくなるかも知れない。夏の猛暑を生き抜いてきて、疲れたからだと心を癒してくれるのが秋の星空。さわやかな風に乗って聞こえてくる心地良い秋の虫の音をBGMに、ワイングラスを傾けながらじっくり味わいたい。秋の星空がしっとりとしているのは、自然から贈られたやさしい心づかい。ただし今年は、世相を反映するかのように、接近中の火星が赤い強烈な光を放って、心をかき乱しているようにも思える。

●秋の幸せの星たち
しっとりとした秋の星座たちをひつつひとつたどってゆくと、みずがめ座、みなみのうお座、うお座、くじら座、いるか座と言う具合に、意外にも水や海に関係のある星座が多いことに気がつく。さらに、やぎ座といっても半山羊半魚だし、ペガスス座の父親は、海の神ポセイドンなのだ。
 なぜ秋の夜空に水に関係する星座が集結したのか?偶然と言ってしまえばそれまでだが、実はこんなちゃんとした訳がある。星座のふるさとメソポタミア地方では、太陽がこれらの星座とともに東の空に昇るころ雨季を迎えることから、水にちなんだ星座が創られたということらしい。

 ところで,みずがめ座あたりの星の名前を探ってみると、そこには「幸せ」をキーワードとするアラビア語で付けられた名前の星が笑顔で迎えてくれる。たとえば、みずがめ座α星サダル・メリクの意味は「王様の幸せ」、β星サダル・スウドは「幸せの中の幸せ」、ε星アル・バリは「飲む者の幸せ」、γ星サダル・アクビアは「秘めた幸せ」。さらに幸せシリーズはやぎ座、ペガスス座へと波及する。やぎ座のしっぽで光るγ星ナシラは「幸せを運ぶ人」。そしてペガスス座の顔で光るバハムは「家畜の幸せ」。その東のξ星ホマムは「英雄の幸せ」、前足で光るλ星サダル・バリは「すぐれた者の幸せ」。最後は、η星マタルの「雨の幸せ」。
 砂漠同然のメソポタミアの地で暮らす民にとって、水は命の次に大切なもの。雨季が訪れ、天から雨を授かることは最高の喜び。庶民はもちろん王さまも英雄も学者も家畜までもが、平等に浴びるほど水を飲み、雨で体を清め、心を潤したのだろう。きっとなにものにも代えがたい最高の幸せを誰もが感じたに違いない。
 今に生きる私たちは、こんな素朴な「幸せ」を感じることができるだろうか。「幸せ」を追い求めてひたすら走り続けた結果、確かに便利で物質的には豊かで満たされた「幸せのようなもの」は手に入れたかもしれない。しかし宮沢賢治が「銀河鉄道の夜」で,サン・テグジュベリが「星の王子さま」で問うたような人が人として生きるための「本当の幸せ」をどこかに置き忘れてしまったような気がする。
 新型コロナウイルス禍の秋の夜長、みずがめ座の幸せの星を探しながら、現代に生きる私たちにとって、「本当の幸せ」とは何かをもう一度考え直してみることにしよう。