ブログ一覧

リニューアル

新型コロナウイルスの影響で仕事も半減し、STAY HOMEということもあり、 日ごろはなかなかできない雑事をする日々が続いている。

そこで、1998年開設以来2012年でストップしてしまっている当ホームページを、 リニューアルをすることを思い立った。

22年前とは、パソコンの性能も格段に良くなり、ホームページデザインも大きく変化しているので、

いっそかっこよく全面リニューアルしてやれとばかりに、ホームページビルダー21を購入インストールし、 いざ、全リニューアルに乗り出したものの、22年前のホームページビルダーとは全く使い勝手が違う。

えらいものに手を出してしまったと半分後悔しながらも、悪戦苦闘すること3日。

なんとか形ができたので、アップしてみたが・・・・・

まだしばらくSTAY HOMEが続くだろうから、のんびり面白ながら構築してゆくことにしよう。

 

 

 

2020年05月06日

STAY HOMEは楽しい

新型コロナウイルスの影響で自粛が始まってから、気が付けば2ヶ月半が過ぎてしまった。
世界的に社会生活は一変してしまったが、私は出る仕事がなくなったぐらい(これが結構大きかったりするかも)で、家で過ごす時間が増えたのがうれしい。なにしろ日頃できていなかったことができるようになったのだから。そのひとつがホームページのリニューアルだが、そこにアップする工作物を作るのが楽しい。紙や木を切ったり貼ったり、試行錯誤を繰り返しながら何かを作り上げる作業、超アナログの世界。もうやめられない止まらない戻れない。

2020年05月16日

元気のない太陽

昨年1月6日の部分日食以降、太陽の写真を撮影するようになった。とくに2019年12月1日以降は撮影回数は増えてゆき、2020年5月20日までの撮影日数は66日。
撮影して気づくことは、あまりの黒点の少なさ。というより無黒点の日数の多さ。66日のうち黒点が写っていたのは14日だけ。しかも針先で突いたような小さな小さなものばかり。まあまあ見栄えのする黒点が現れたのは、1月29日と4月30日の写真に写っているものだけだ。さらに黒点の生存期間は数日程度ととても短い。いよいよ極小期への突入だ。
これまでに私の人生の中で、太陽黒点の4回の極小期が記憶に残っているが、今回は例年になく落ち込み激しいように感じる。実際NASAも2019年6月に「太陽活動は過去200年間で最も弱くなる」との予測を発表しているが、まさに的中していると言えるだろう。
太陽活動が長期間衰えると、地球は寒冷化するという話もあるが、果たして今後どうなってゆくのだろうか?これからの推移を見守ってゆきたい。
1月29日と4月30日の、まあまあ見栄えのする黒点写真を掲載しておこう。

2020年05月20日

これからが正念場

COVID-19による巣ごもり生活が始まって、早3ヶ月。
やっと緊急事態宣言が解除され、少しほっとした気分だが、冬から春を通り越して、気が付けば初夏になってしまった。
私の春はどこへ行ったの?って感じ。
人間があたふたしているときでも、自然は何事もないように着実に移り変わっていて素晴らしいと、妙に感動する自分がいる。
でもそんなのんきなことは言ってはいられない。本当はこれからが正念場。
COVID-19を意識しながら、どうやって元の社会生活に戻してゆくのか。
世界秩序も価値観だって大きく変わるかもしれない。
とはいっても、小さな頭ではいくら考えても明確な答えは見つからない。
結局は、焦らず騒がず怒らず悲しまず落ち込まず、平常心を持って、明るく楽しく元気よく、新たな生きる道を模索するしかないのだろう。
ところで、6月に入った途端、晴れなくなってしまった。
前回、太陽がお疲れ気味という話をしたが、太陽が極小期に入ると、太陽風も衰える。その結果、日頃は太陽風が押し返してくれていた、宇宙からやってくる宇宙放射線が太陽系内部まで入ってくるようになり、地球にも降り注ぐという。すると、詳しいことは書かないが、その影響で雲ができやすくなるらしい。
それはそれで困ったもので、星をネタに仕事をしている私には死活問題だ。ひょっとしたら、CVID-19より恐ろしいのかも。ああ、なんだか暗くなってしまったー
まずは、6月6日と6月21日が晴れることを祈ることにしよう。

2020年06月03日

ああ半影月食

今朝、今年2回目の半影月食が起こった。
半影月食とは、太陽に照らされてできた地球の影のうち、本影の周りを取り巻く薄暗い半影の中にしか入らないどちらかといえばパッとしない月食のことだ。しかも今回は満月の半分ほどしか半影の中に入らないという超控えめの月食だ。さらに食最大時刻が4時25分でまさに沈もうとするところ。おまけに空が白々と明けてきている状況。そしてそれに輪をかけるように曇りがちの天気。普通ならスルーして夢の世界に浸るのが定石だ。しかし、大学の映像授業で、学生たちに「6月6日の半影月食か6月21日の部分月食を観察して感想文を提出せよ」という課題を出してしまったため、責任上見ないわけにはいかない。そこで、がんばって3時に起きることにした。
スマホのアラーム音に眠りを妨げられ、仕方なく起き上がると「内心曇っているといいな」と思いながら屋上へ向かう。窓越しに見ると「ありゃりゃ、雲の合間にオレンジ色の輪郭がボケボケの満月が浮かんでいるではないか」一番いやな天気。時刻は3時10分、食が始まって30分弱過ぎている。眠い目をこすりながら望遠鏡を月に向け、「ひょっとしたら満月の南端が薄暗くなっているかも」と、とにかく覗いてみる。「うーん最悪。なんもわからん」。「そーだ、写真を撮ろう」目よりも写真の方がコントラストがあるので、何かしらわかるかもしれない。雲の影響で明るさがコロコロ変わる月を、シャッタースピードを変えながら撮ってはモニターで再生してチェック。「なんとなく湿りの海の南が薄暗くなっているような・・・」
そのまま片っ端から撮影したが、いよいよあたりは明るくなってくるし、月の高度は低くなるばかりで、瀕死の月の様相。3時30分まで撮影したが、もはやこれまで。撮影を終えると部屋に戻りパソコンのモニターでチェックする。フォトショップで、トーンカーブをいじり月を明るくしたり暗くしたり、コントラストを上げたり下げたり、悪戦苦闘して何とか月の南部がほんのり薄暗く感じられるような画像になった。それが下の右側のオレンジ色の月だ。左側は1月11日の半影月食の写真だが、この時は月がしっかり半影の中に入ったので本影に近い南部がしっかり暗くなっていることがわかる。それに引き換え今回の半影月食は、月の半分しか半影に入らなかったので、ほとんどわからないという結果になった。半影はいかに淡いかということを改めて知ることができた半影月食だった。
 今年は、11月30日にも半影月食が起こるが、今度はなかなかの好条件なので、少しだけ楽しみにしたい。

2020年06月06日

太陽に黒点が!!

6月4日のことだった。太陽の端にゴマ粒よりもささやかな黒点を見つけた。私の知る限りでは、ほぼほぼ35日ぶりの黒点の登場だ。ただあまりにも小さいのでどうせいつものように2~3日で消えてしまうのだろうと思っていた。
ところが太陽の自転とともに見やすくなってくると、いやいやどうして少しづつ成長してここ半年ではまあまあ見栄えのする黒点になってきている。しかも7日に撮影したときには、まるで子どものような小さな小さな黒点も引き連れて、黒点群を形成している。そして8日にはやや成長しこれは楽しみになって来たと期待が膨らんだ。
しかし9日を最後に梅雨模様の雲に遮られ太陽がお隠れになってしまった。仕方がないので、NASAのSolar Dynamics Observatry(SDO)のサイトで、10日の太陽をチェックしたところ、悲しいかな子どもの黒点は消え去り親だけになってしまっていた。この後どうなってゆくのか?雲間からチラッとでも太陽が顔を出せば、確認できるのだが・・・
どんなすごい(といっても期待してはいけないが)6月7日に撮影した。白色光とHαの画像を並べておこう。

 

2020年06月11日

いよいよ明日は部分日食

いよいよ明日は、今年最大の天文ショーである部分日食だ。本来なら私は、今頃台湾で部分日食観望の準備にいそしんでいたはずだったが、あのCOVID-19のおかげで涙を飲んで諦めたのだった。でもまあそのおかげで自宅でのんびり部分日食を楽しめそうだ。今のところ梅雨にしては天気もよさそうだし、COVID-19でなんとなく委縮している世間へのカンフル剤になればいいなと思う。

明日の部分日食の詳しいことは「みどころ」に譲るとして、少し気が早いが次に日本で見える日食に思いを馳せよう。このところ、2019年1月6日、12月26日(日本では天気が悪く見えなかった)、そして今回と立て続けに3回起こり、「日食ってけっこう頻繁に見えるものだなあ」とその時だけの情報で錯覚してしまう。しかしこれは日本付近に都合の良い日食周期に入っていただけで、次の日食が半年後や1年後に見られるわけではない。

実際にこの次日本で日食が見られるのは、2023年4月20日だ。この日食は南半球を中心に起こる金環皆既日食で、北半球に位置する日本では太陽がわずかに欠ける部分日食になる。しかも日本南部でしか見られない。私が住んでいる名古屋では食にならず、見たいなら最低でも紀伊半島の先端の串本あたりに行かないとだめだ。それでも食分は0.05程度である。ではその次はと言うと、なんと10年後の2030年まで待たなければならない。この日食は、名古屋では食分0.758と、かなり欠ける見ごたえのある部分日食となる。このとき北海道では金環日食になっている。この日食はぜひ北海道まで出かけて金環日食を見たい。

という訳で、現実的には明日の部分日食を見逃すと、今回のような見ごたえのある日食は国内では10年間起こらないので、ぜひとも瞼に焼き付けておきたい。

 

 

 

2020年06月20日

トホホの部分日食

昨日の部分日食は、見えただろうか?GPVやSCWといった気象予報を見る限りでは、岡山以西北陸の一部、東北地方は晴れ間が広がったのではないかと思うが、ここ東海地方は、ほぼ曇りだった。それでも北の方ほど雲が薄く、おぼろげながらでも見えたのではないだろうか。
私の住む名古屋では、少なくとも午後4時までは太陽が割とくっきり見えていた。ところが欠け始めの4時10分には、雲を通して亡霊のような太陽しか見えなくなっていた。太陽フィルターをセットした望遠鏡で覗いても太陽の輪郭さえわからない。「あちゃ、ちゃこれではどうしようもあーりません」。でも雲は流れているし、食最大までまだ55分ぐらいあるし、食の終了までは2時間ある。きっと雲が薄くなるタイミングが巡ってきて、シャッターチャンスはあるだろう。それまで待とうとと、楽観視していた。
暇だし、本来だったらそこにいるはずだった台湾嘉義の北回帰線太陽館からのライブ中継を見ながらのんびり待つことにした。嘉義のイベント会場では、レクチャーがあったり歌や踊りがあったり、ものすごく盛り上がっている。でも天気は今一つのようす。悲しいような嬉しいような複雑な心境で中継を見ていると、人たちが歩く足元に影ができている。それとともにMCの声もテンションが高まってゆく。やがてざわめき越えとともに画面は太陽の拡大映像に代わった。そこにはくっきりとした凛々しい姿の太陽が写っていて、下の方が少し欠けている。「晴れてるんだ!」そこはかとなく漂うむなしさと悔しさ。結局嘉義では、私もい今までに見たことのないような美しい金環日食が観られた。「台湾の皆さんおめでとう!」
さて、名古屋の空はと言うと、嘉義のような感動的なことも起こらないまま、時間だけが淡々と過ぎてゆく。それでも太陽の明るさに合わせてフィルターをとっけひっかえしながら、ダメもとでシャッターを切る。

午後6時10分、もはやこれまでと機材撤収。言いようのない疲労感にさいなまれながら・・・

 

2020年06月22日

観望会シーズン

今年の名古屋は、何年かぶりに梅雨らしい梅雨となっている。ただ、昼間は多少蒸し暑いひもあるものの朝晩は妙に涼しかったりする。それはさておき、こう天気が悪いと星空が見えなくてストレスが溜まってしまう。せっかく新型コロナが収まって来たのに。

ところで、夏は観望会シーズンでもある。私のところにも何件か観望会の依頼が舞い込んでいる。ところが今年は、新型コロナウイルスのせいで、自粛傾向にあるのも否めない。理由は新型コロナウイルスは、3密を避けることはもちろん、目から感染する可能性がるので望遠鏡を不特定多数の人が覗くのは危険というわけである。ではどうする?そこでバーチャル観望会という苦肉の策が登場した。

それはそれでコロナ対策上仕方がないことなのだが、あまりにも悲しく辛い。例えば、プラネタリウムは何のためにあるのか?それはプラネタリウムの星宙を通して星の美しさや星座、それに宇宙のことを知ってもらい、本物の星空を見て感動してもらいたいと私は考えるからだ。おそらくプラネタリウムや公開天文台関係者のほとんどの方々は、思いは私と同じだと思う。だって、どんなこともものも、本物を見ないと心の底からの感動は得られないもの。

観望会も同じだよね。カメラを通して画面に映し出される天体映像は本物とはいえない。もっとも教材として伽大スクリーンに天体を映し出し、巧みな話術で解説をして観客に感動していただくということは可能だし、すごく良い手法だと思う。でも果たして観望会と呼べるかどうか・・・

あちこちから観望会を依頼されている私も大いに悩み堂々巡りをしているわけだが、いつも行く着く先は、「やっぱり生の光を見てほしい」ということ。

3密対策は当然として、望遠鏡を覗くリスク回避の仕方は、その都度、接眼レンズをアルコール消毒する。それが大変なら複数のアイピースを使って、交換しながら消毒をして使う。アイピースののぞくところにラップをかぶせて交換しながら覗いてもらう。あとメガネをしてもらうということぐらいしかないだろう。しかしこれでは大勢の方に望遠鏡を覗いてもらうのは難しいという問題がある。これを解決するには、望遠鏡の台数を増やす。当然スタッフを増やさなければいいけない。あとは、観望会の回数を増やして観客を分散させる。もちろんスタッフ側に負担がかかるのは否めない。

というわけで、今年は(来年も?)大規模な観望会は難しいが、小規模な観望会の数を増やしてでも、少しでも多くの方にバーチャルではない本物の星を見て心から感動して、少しでもコロナストレスを発散してもらうべく、リアルな観望会を注意深く行っていこうと思う。

2020年07月03日

今年の梅雨は手ごわい

 今年の梅雨はなかなか手ごわい。梅雨前線が、本州付近からチベットまで続いている。日本では各地で集中豪雨の被害が出ているが、中国も長江沿いの都市では大洪水で大変なことになっている。梅雨明けはまだまだ先になりそうだ。おかげでネオワイズ彗星が肉眼彗星となっているのに、雲に阻まれてなかなかその雄姿を見ることができない。
そんな中、今日は久々に梅雨の中休み。雲は多いものの晴れ間が広がった。久々に太陽の写真を撮ったが、相変わらず黒点は皆無。
太陽の極小期突入のせいでの寒冷化するのか、二酸化炭素のせいでの温暖化が進むのか定かではないが、6月28日には新疆ウイグル自治区で大雪が降ったし、7月13日にはアルメニアでは辺り一面氷で覆われるほどの大量の雹が降った。テレビや新聞ではやたら温暖化をあおるような報道が多いように感じるが、少なくとも確実に温暖化に向かっていると決めつけるのは早計だろう。ただ明らかに気候変動期に突入したのは間違いなさそう。
 今年は、新型コロナウイルス禍、それに伴う政情不安、そして気候変動が顕著と、先行きが全く見えない状況だが。こんな時はテレビやネットの情報を鵜呑みにしたりに惑わされることなく、一人一人が想像力を逞しくして、ものごとを多角的に捉え深く考えて行動することが肝要なのだろう。

2020年07月16日

待ち焦がれた梅雨明け!

今日東海地方の梅雨が明けた。平年より11日遅かったらしい。それにしても今年の梅雨は雨の日が多かったように思う。おかげで6月21日の部分日食も、最盛期のネオワイズ彗星も見逃してしまった。週間天気予報を見ると、「梅雨明け十日」にふさわしい晴天が続くようだ。ここで7月中ほとんど星空が見られなかったストレスを一気に発散したいところだが、4日は満月なんと巡り合わせの悪いことか。それでも今年は、南の空で木星と土星が仲良く並んで見て見てオーラを放っている。とりあえずは、望遠鏡で木星と土星をじっくり楽しむことにしよう。
ところで、この木星と土星、今はまだ少し遠慮気味の間隔だが、秋以降じわじわと間隔を詰めていって、12月21日の冬至には、肉眼ではまるで一つの星に見えそうなほど超大接近をする。クリスマスツリーのてっぺんに飾る大きな星を「ベツレヘムの星」というが、これは救世主イエス・キリストの誕生を知らしめるために輝いた星とされている。いったいどんな星だったのか、ヨーロッパの研究者を中心に研究され、様々な説が発表されているが、その中でも比較的有力な説が、木星と土星の超大接近説だ。イエスキリストの生誕とされるクリスマスは12月25日。かつては冬至の日だったという。今年まさに冬至の日に木星と土星が大接近する。ひょっとしたら救世主が誕生するのか?!
苦しい時の神頼み。とにかく新型コロナウイルス禍を終息させてと願うばかり。


2020年08月01日

10の難行?

 8月8日から13日かけて、あちこちで講演・講座が重なった。8日は、とよた科学体験館での親子天文教室。9日は、愛知県下水道科学館で星空教室2回。10日は、旭高原元気村でプラネタリウム工作教室。これは6時間に及ぶサバイバル講座だ。そして11日は、午前中は安城市文化センターで中学生のための天文講座1回目、午後からは一宮中日文化センターでこども天文講座とルーチンの天文講座。12日は、午前中は安城市文化センターで中学生のための天文講座2回目、午後からは伊良湖ホテルでペルセウス座流星群講演会と観望会。13日は、午前中は安城市文化センターで中学生のための天文講座3回目だった。新型コロナ禍でなまった体にはけっこうきつかったが、「まるでヘルクレスの10の難行みたい」だと勝手に悦に浸っていた。
 10日の元気村では、サバイバル講座の後天気が良かったので、同行した谷川氏としばらくペルセウス座流星群の撮影を行った。流星はほとんど流れなかったが、今年初めて夏の天の川を見ることができた。そして、極大日の12日は伊良湖ホテルの屋上で観望会に参加したお客様方と流星群を眺めたが、午後9時半から11時までに5個を見るにとどまった。近年ペルセウス座流星群は、悪天候に妨げられる年も多いが、全体的に低調になってきたような気がするのは私だけ?
 連続6日間で10の講座・講演をこなしてきたが、新型コロナウイルス禍の中、大学の授業などはリモートになって、それはそれで慣れてきたものの、やはりお客様のようすを生で感じながら対面で行う講演や講座の方が何倍もいや何百倍も楽しいし、今この瞬間・瞬間の時間を皆で共有し、生きているということを感じることができる。
 人は直接コミュニケーションを持つことで生きてきた。それを突然止められたら、精神的に参ってしまう。その結果免疫力が下がりかえって、よくない結果を生んでしまう。
新型コロナウイルス禍ではあるが、細心の注意と節度を保って、できる限り対面でコミュニケーションを図ることの方が、過度な自粛よりもはるかに健康的だ確信した。

 

写真は元気村でスマホで撮影した木星と土星と天の川


2020年08月14日

2021年版天文手帳

 2021年版天文手帳の私の担当部分の原稿が今日上がった。もっとも私の執筆部分は大した量ではなく、大半は編集担当の石田智さんが書いているのだが、天文手帳の原稿が終わると今年も無事終わったという気分になる。天文手帳の原稿は1997年から執筆しているが、今年は新型コロナウイルス禍という私の人生の中で初めての出来事、まさに未体験ゾーンだった。過去形になっているが、私としてはそろそろ終息に向かうのでは、というかインフルエンザと同等の扱いになるのではと思っている(希望的観測でもあるが)。
 さて、今年も残りあと4ヶ月。残った主だった天文ショーは、10月6日の火星準大接近と12月14日のふたご座流星群と、12月21日の木星と土星の超大接近ぐらいかな。この超大接近についてちょっと調べてみたところ、前回起こったのは1623年7月17日で、なんと397年ぶりの現象となる。ちなみにこの次は2080年3月15日だ。
 さてさて、せっかく来年の天文手帳を書き終えたばかりなので、鬼に笑われるかもしれないが、来年の天文ショーを少しだけピックアップしておこう。
 日本では日食は見られないが、月食が2回起こる。5月26日の宵の皆既月食、11月19日の宵の皆既月食に近い部分月食だ。11月8日には、9年ぶりに白昼だが金星食が起こる。半月状の金星が月の裏側に隠される。そして12月3日には3年弱ぶりに火星食が起こる。ただしこれも太陽が昇ってからの現象おまけに火星は1.6等と暗いのが惜しい。流星群は、8月のペルセウス座流星群は最高、12月のふたご座流星群もまあまあだ。

2020年08月28日

9月22日は秋分の日

 9月22日は秋分の日。秋分の日(春分の日)の太陽は、赤道の真上にあるため世界中どこでも太陽は真東から昇り真西に沈むことになる。そして昼と夜の長さがほぼ同じになるが、厳密には昼間の方がほんの少し長い。その訳は、大気による屈折のため太陽の位置が実際より高く見えるため、そのぶん日の出が早くなり日の入りが遅くなる。また日の出日の入り時刻は、太陽の中心ではなく太陽の上端が地平線に接した時と定義しているため、太陽の視半径分日の出が早く日の入りが遅くなるためだ。以上の誤差を考慮すると、昼間の長さはおよそ12時間7分,夜の長さはおよそ11時間53分となり,昼間の時間の方が14分ほど長くなるのである。ちなみに昼と夜の長さがほぼ同じになるのは、秋分の日のおおむね4日前となる。
 ところで、9月21日月曜日は第3月曜日で敬老の日、翌22日が秋分の日だ。つまり「3連休となり、土曜日が休みだと4連休になるんだ」とカレンダーを見ていて気が付いた。ところがその上があった。秋分の日が第3水曜日になった場合は、その2日前の第3月曜日の敬老の日で挟まれた火曜日は、祝日法の規定によって国民の休日となるのだ。すると、土曜日から数えるとなんと5連休ということになる。そういえば、以前ゴールデンウィークならぬシルバーウィークというのがあったことを記憶しているが、その年2015年はまさにそのタイミングに当たっていたのだと、いまさらながら気が付いた。ちょっとボケ過ぎ?もっとも自営業の私には、日曜日と祝祭日続いて連休になるといっても、とくに恩恵にあずかれるわけではないので、あまり縁がない。ちなみに次に5連休(シルバーウィーク)となるのは2026年だそうだ。6年後、世界はどうなっているだろう?

2020年09月10日

火星が不気味なほど明るい

 夜9時ごろ東の空を見ると、あまり明るい星がない夜空に、やたらに目立つ星が目に入る。色は薄い朱色。
 この星の名は火星。10月6日の最接近が目前にせまり、一層明るさを増して、等級は-2.4等。南西の空に傾きそろそろ旬を過ぎたという感じの木星と同じ明るさだ。しかし色合いの違いからなのか、木星の黄金色は、壮大さや安定感を醸し出しているが、火星の朱色はギラギラという印象で、不気味さ不吉さえ感じさせる。もっとも先入観という可能性もあるが・・・いずれにしても先人も同じような印象にかられ、木星をギリシャ神話の最高神ゼウス(ローマ神話の最高神ユピテル)に、火星を軍神アレス(ローマ神話マルス)に例えたのだろう。
ちなみに、アレスはゼウスとヘラの子だ。
 そんな火星が地球にどんどん近づきつつあり、視直径は20秒角を超え望遠鏡でも久しぶりに大きく見えるようになってきた。2年2か月前の2018年7月の接近は、15年ぶりの超大接近で期待が大きかったが、接近に合わせるように発生した巨大砂嵐によって、火星の模様をかき消してしまい、オレンジ色の玉しか見られなかった。今年は顕著な砂嵐の発生もなく、表面の模様が良く見えている。今後2ヶ月ほどは火星を楽しむことができそうだ。

下の写真は、2020年9月15日に伊良湖ホテルの天文台にて撮影。

2020.09.15.22:20 TOA150 LE10mmで拡大 オリンパスOM-DEM5Mk2 1/15″ ISO800 6枚加算合成

 

2020年09月25日

10月1日は中秋の名月

 中秋の名月は、旧暦8月15日に見える満月のことで、中秋と付くのは、旧暦では7月、8月、9月を秋として、その真ん中の8月を中秋と呼んでいるため。旧暦8月15日の月を特に名月として祝う理由は、旧暦の8月つまり新暦9月は、暑い夏も終わり、大陸から乾燥した空気が流れ込んできて、空が澄み月の光がいっそう冴え渡るからだ。
 ところで「ちゅうしゅう」には二つの漢字があるが、どっちが正しいの?「中秋」は旧暦8月15日のこと、「仲秋」は旧暦8月のこと、「仲秋」は旧暦8月を指す言葉である。つまりどちらでもよいのだ。
 ところで、旧暦は一般的に約1ヶ月後ろにずれているので、中秋の名月は、9月15日ごろという印象がある。
実際昨年は9月13日だった。ところが今年は10月と例年よりも遅い。なぜ?
 それは旧暦の1年の長さに関係がある。旧暦(太陰太陽暦)は、新月を1日として月の満ち欠け周期を1ヶ月としている。月の満ち欠け周期策謀月は、約29.5日なので、29日の省の月と30日の大の月を12回交互に繰り返して1年としている。すると旧暦の1年の日数は、354日になる。つまり今のカレンダー(太陽暦)の1年の365日と比べると11日短い。つまり354日のまま繰り返すとやがて月数と季節がずれてくることになる。これはまずいということで、ずれが3年で33日になることから、ほぼ3年ごと(稀に2年)に1年が13ヶ月の年を作ることにした。こうすることによりほぼ3年ごとに月数と季節委のずれがリセットされることになる。1ヶ月余分の月のことを閏月と呼んでいる。この閏月が1年の最後に入れば問題ないのだが、旧暦の作法でどこに入るかが決まってくる。今年の場合は4月に閏月が入り、4月が2回あったため、5月以降がさらに1ヶ月後ろにずれてしまったため、旧七夕も中秋の名月も例年より遅めということなのだ。
 昨年の中秋の名月は、東海地方は雲間から見えるにとどまったが、今年は美しく冴えわたる名月を愛でたい。(写真は昨年の中秋の名月)

 

2020年09月30日

美事だった中秋の名月

 10月1日は中秋の名月だった。いつもは9月中旬に当たることが多く、日本は台風と秋霖の真っ盛りで、実はあまり晴れない。しかし今年は、4月に閏月が入ったため、台風も秋霖も収まる10月の少し遅めの中秋となったおかげで、晴天に恵まれ見事な名月を愛でることができた。
 中秋の名月は、平安時代に中国から伝わった風習で、月を愛でる情緒的なお月見が東アジアで広まった。ところが西洋では満月を忌み嫌う習慣がある。満月の光を浴びて眠ると、気が狂うといわれ、ルナシーとかルナティックと呼んでいる。そう、狼男伝説その代表だ。右脳で感じるか左脳で見るかの違いなのか、東洋と西洋の感じ方がこんなところにも表れている。
 中秋の名月の翌日の月を、十五夜の次だから十六夜というが、「じゅうろくや」と読まず「いざよい」と呼ぶところが日本人の心だと感じずにはいられない。
 昔、「なぜ「いざよい」」と読むのか?と、とあるおばあちゃんに聞いたことがある。すると「そんなの決まってるじゃない。お月見のときはお酒を飲むでしょ。「いざ酔うぞ」なのよ」って。おそらく冗談だったと思っているが、真相は、いざようとは、恥じらうとか後ずさるという意味がって、月の出が1日に約50分遅れることから、十六夜は、十五夜に比べて50分遅く昇る様子が、恥じらうように見えたことから「いざよい」と読むようになったという。今年は十六夜も美しかった。
 単に適当に名を付けたわけではなく、先人たちは、自然の営みをしっかり見て、そこに右脳で感じる情緒的な言葉を当てはめたというわけだ。こんな先人たちの自然に対する感覚を、今に生きる私たちも感じ、きちんと引き継いでいきたい。
 こんな偉そうなことを書きながら、情緒も風情もない今年の中秋と十六夜の月の写真を掲載しておこう。


2020年10月03日

気合を入れて火星撮影

 昨夜は、台風一過の晴天?の割には、シンチレーションが良かったので、少し気合を入れて接近中の火星を撮影してみた。
 デジタルに限らず一眼レフでの拡大撮影は、もう数十年やっているのであまり苦はないが、近年はやり始めたWEBカメラでの撮影は数えるほどしかして来なかったので、どうも腰が重い。特に今年は、新型コロナウイルスのせいか、知らず知らずのうちに食べる量が増え、運動不足も重なって、体重が増えたまま減らない。おかげで体のキレの悪いこと。だからなおさら面倒なことに対して前向きになれない。しかしこれをコロナのせい、歳のせいにするにはチト情けない。というわけで、2年ぶりにほぼゼロからWEBカメラでの火星撮影をしてみた次第だ。
 まずノートパソコンにキャプチャーソフトをインストールし、タカハシFCT125に谷川氏から譲り受けたZWO社のASI120MCを接続するのだが、これでは焦点距離が700mmしかないので、アイピースを入れての拡大撮影をする。パソコン画面に映った火星像でピントを合わせ、明るさを調整して、まずは40秒キャプチャー。望遠鏡を据え付けてある木造家屋の屋上は、良く揺れるので、その間息をひそめて微動だにせずじっと耐える。
「おお、意外と写るじゃん!」
 早速部屋に戻り、レジスタックスをデスクトップパソコンにインストールして、スタックとウエーブレット変換。レジスタックスも進化していて、ほとんどオートで処理してくれる。やってみればどおってことない作業で、昔ながらの6枚コンポジットとは比較にならない画像が得られる。これは楽しい。めんどくさいなんて言わずに、もっとあるものを活用しなくちゃね。今日は20cmカセグレンでも撮像してみることにしよう。

2020年10月11日23時37分

12.5cm屈折(FCT125) 2倍アタッチメント+LE18mm

ZWO ASI120MC 40秒CAP

レジスタックスVer6でスタック、ウェーブレット変換


2020年10月12日

10月31日の満月は今年最小だった

 10月29日は、旧暦9月13日で、十三夜だった。中秋の名月は中国から伝わったお月見だが、十三夜は日本独特のお月見で、平安時代宇田上皇が「十三夜も無双だ」と言ったのを聞いた醍醐天皇が始めたという。十三夜はこれからまだ満ちて行く月ということから、希望の月とも呼ばれている。

 10月31日は満月だった。いろいろな意味で特別な満月だった。巷で盛り上がっていたのは、ハロウインと満月が重なったのは46年ぶりだったという。ハロウインは、収穫祭でもある。そして収穫期の満月のことをハーベストムーンと呼んでいるので、見事な一致と言えるだろう。

 また、ブルームーンとももてはやされていた。ブルームーンを直訳すると青い月だが、別に月が青くなるのではなく、青い月はあり得ないので「滅多に起こらないこと」という慣用句として使われる。では何が滅多に起こらないのかというと、満月は普通は1ヶ月に1回しか巡って来ないが、今年の10月は、2日と31日の2回満月だったという滅多に起こらないことが起こったというわけである、この2回目の満月のことをブルームーンと言うらしい。

 しかし、ブルームーンという呼び名は、アメリカのメイン州の農暦で生まれた言葉で、それによると二分二至つまり春分秋分・夏至冬至で区切られた3ヶ月間に満月が4回巡って来た時の3回目の満月を指す。この理屈からすると10月31日の満月はブルームーンではなかったことになる。ちなみに本当の意味でのブルームーンは、来年8月22日の満月があてはまる。

 そして、10月31日の満月は、今年一番小さく見える満月だった。つまり地球から最も遠ざかっていたのだ。最近はその年に最も大きく見える満月をスーパームーンと呼ぶことが一般的になったが、今年一番小さな満月は、ミニマムムーンと言うらしい。実際スーパームーンとミニマムムーンの見かけの大きさを比較してみた。およそ視直径でおよそ13%も違うのだ。だからと言って「今夜の満月はいつもより小さいね」なんてことにはならないが・・・ちなみに昇ったばかりの満月が大きく感じるのは錯覚で、実際は高く昇った満月の方がやや大きく見えているはずである。

いずれにしても、月の見かけの大きさは、ダイナミックに変化しているのだ。

 

 

 

2020年11月02日

太陽活動が活発化!?

 アメリカ航空宇宙局NASAが、9月15日に太陽活動はサイクル24から25に移行したと発表した。ただしサイクル25は24と同様に活動は活発にはならないだろうとしていた。
 ところが、まるでサイクル25への移行に呼応するかのように、10月中旬頃から黒点が現れだし、10月下旬から比較的大規模の黒点群を形成するようになってきた。そして11月に入ると肉眼で見える?!と言えそうな巨大黒点も姿を現した。黒点数もぐっと増えてきた。
えっ?!極小期から一気に極大期へ?一体どういうこと?
 アメリカ国立大気研究センターの研究者の10月16日に発表された論文によると、「サイクル25がこれまでに観測された中で最も強い太陽黒点周期の一つになる可能性がある」と述べられている。
 太陽活動の低下が続くと地球は寒冷化するという考え方があるが、今後地球の気候はどう変化してゆくのか、二酸化炭素濃度増加による温暖化説に懐疑的な私としては非常に興味深いところだ。これから太陽活動が本当に活発になってゆくのか?気候変動と太陽活動の相関関係は事実かなど、興味深く見守ってゆきたい。
 なにはともあれ、太陽観望が楽しくなってきたのは間違いない。

202011月30日

2020年12月01日

雲に遮られた半影月食

 11月30日は、今年3回目の半影月食だった。宵の口の現象だし半影に深く入り込む月食なので、ひそかに期待に胸を膨らませていた。18時頃から準備を始め、18時20分に月をお望遠鏡で眺めると、明るく輝く満月の北側がほのかに陰っている。これは行けそうと望遠鏡にカメラをセットしてピントを合わせ始めると、月の前を暗い邪悪な雰囲気のものが時々横切る。ムム、顔を上げるとなんと西の空からもくもくと雲が向かってくるではないか。
 これはやばいと、ピント合わせもそこそこに慌ててシャッタを切る。食最大があと10分後に迫っている。「それまで持ってくれ」という願いもむなしく雲はどんどん厚くなり、月はぼんやりとした姿を見せるのみ。あじゃ、6月21日の部分日食とおんなじだぁ・・・
それでもめげずに、「きっと善は悪に勝つ」と自分が善でもないのにそう言い聞かせながら寒さに震えながら待った。
 10分経ち食最大が過ぎ20分が過ぎ、時折月の模様が見えるものの、半影で月が薄暗くなっているのか、薄雲のせいなのか判然としない。19時40分「もはやこれまで」とあきらめ夕食タイム。
 食事のあと夜空を確かめるとずいぶん雲が切れてきている。20時30分、気を取り直して撮影開始。しかし時すでに遅し、月食のかけらも感じられない。とほほ。「仕方ないよね、食終了時刻は20時55分だもんね」と自分に言い聞かせながら、機材の撤収を始めた。
 来年は、月食の当たり年。まずは5月26日の皆既月食を楽しみに待つことにしよう。


2020年12月01日

ベツレヘムの星?!

 木星と土星が、夕方の南西の空でじわじわと間隔を詰めて、12月16日現在で0.6°角(腕を伸ばして小指を立てたときの小指の先の幅が約1°角)となっている。明日17日は木星と土星に月が寄り添う。
 ところで12月25日はクリスマス(当時は冬至だった)だが、クリスマスはイエス・キリストの生誕日と一般に言われている。クリスマスツリーのてっぺんに飾られる大きな星を飾るが、この星をベツレヘムの星と呼んで、イエス・キリストが誕生したときに、それを世界に知らせるために輝いた星とされている。新約聖書には、その星が東方の博士たちをベツレヘムに導いたと記されている。もし実在した星ならそれはどんな星だったのか?実際にこの星について研究をしている学者は昔から多く、ドイツの天文学者ケプラーも熱心に研究した学者の一人だった。そして、金星説、流星説、彗星説、超新星説など様々な説が発表されたが、ケプラーは惑星が会合したのでないかと考え、中でも紀元前7年に起こった木星と土星の会合(この時は三連会合だった)が、ベツレヘムの星ではないかと提唱している。今でも毎年のようにベツレヘムの星に関する論文が発表されていて、木星と土星の会合説が根強く支持されているという。
 ベツレヘムの星かもしれない木星と土星の会合が、まさに今年の冬至の12月21日(最接近は12月22日)夕方の南西の空で397年ぶりに見られる。そんな一生に一度しか見られないような奇跡的な現象が起こるわけだ。

 2020年は、まさにパンドラの壺が開け放たれたような年だった。壺の中からは、何やら怪しげな黒い雲が立ち上り、あたりを満たしたかと思うとあっと言う間に世界を覆ってしまった。
パンドラの壺から飛び散ったものは、病気、悪意、戦争、嫉妬、暴力、災害など、ありとあらゆる「諸悪の根源」。
 もし、木星と土星の会合が本当にベツレヘムの星の再来だとすれば、12月21日の冬至を境に奇跡が起こり、この暗雲が吹き飛ばされて行くのでなないか?奇跡を起こすとすれば、今国内が民主主義の危機と闘っているキリスト教を重んじる太平洋の東側の国ではないか?パンドラの壺に唯一残ったものは、「希望」だった。その希望とは意外にもD.Tかもしれない。
 こんなことを夢想するのは私だけ?

2020年12月16日

木星土星大会合

 12月21日、22日は、東海地方は好天に恵まれて、397年ぶりの木星と土星の大会合を心行くまで楽しむことができた。どんな風に見えるのか?本当に一つに見えるのか?0.1度の間隔と言えば、月の見かけの大きさの1/5、北斗七星の肉眼二重星ミザールとアルコルの半分ほどだ。ワクワクドキドキしながら、17時過ぎから夕焼け染まる南西の空を眺めていたが、暗くなるにつれ、強制視力1.0の私の目にも意外にあっさり二つに見えた。ただ土星が0.7等と暗めなので、ぱっと見はわからない。木星に対してどの位置に土星があるかがわかっているから、見えたともいえるだろう。
 望遠鏡の200倍近い倍率の視野内にいっしょに見えた木星と土星の姿も見ごたえがあり、シンチレーションで揺れるさまはなんとも神秘的であった。
 まあ、とにもかくにも、一生に一度きりの一大天文ショー「ベツレヘムの星?」を眺めることができて良かった。あとは、これをきっかけに本当に世界が正し方向に向かってゆくことを祈りたい。

 

2020年12月23日

元旦のカノープス

明けましておめでとうございます。
 新型コロナウイルス禍で暮れ、新型コロナウイルス禍で明けた新しい年。いったいどうなることやら。昨年の木星と土星の大会合に加えて、毎年恒例の新年のカノープス詣でに、近くの公園に出かけた。
 大晦日は夕方まで雪が降る真冬の様相だったが、紅白歌合戦がフィナーレに近づくにつれ雪雲が吹き飛ばされ、十六夜と星空が輝き始め、絶好のカノープス詣で日和となった。
 北の空には雪雲がスタンバイしているものの、南の空は晴れている。公園に着いてカメラをセットしながら南の地平線付近に目をやると、肉眼でしっかりカノープスが見える。これは縁起がいいやと、カメラのシャッターを切りながら、天下泰平と長寿をしっかりお願いした。
 2021年は、不正まみれで混沌としているアメリカ大統領選に決着が付き、それとともにこれまで隠されれてきた様々なことが明るみに出るのではないか。夏前までは世界が(日本も)混乱すると思うが、暗雲が切れクリアになるように、きっと世界は良い方に向かうと、薄雲の上に姿を見せたカノープスの力強い輝きを見て確信した。
本年が皆様にとって素晴らしい年になりますように。

2021年1月1日0時30分撮影

 

2021年01月01日

寒い世界も立春まで?

 新年を迎え、令和3年(2021年)という新しい年が始まり、10日余りが過ぎた。今年の冬はすごく寒い。北国は大雪に見舞われている。1月20日は大寒。1年で最も寒い日とされている。今は、気候だけでなく社会も心も新型コロナウイルスの陽性者拡大で冷え込んでしまい厳しい状況にあるが、この日を過ぎると寒さも峠を越えてゆく。
 そして、2月3日は立春。まさに新春だ。希望の光が徐々に差し込み始める。さらにこれから春分に向かう45日間で良い兆しが見え始め、立夏を迎える5月5日には世界は大きな転換を迎えるのではないか?
 今は、この厳しい寒さと新型コロナウイルスの猛威に耐え前向きに生きて、「自然をたたえ生命をいつくしむ日」である希望に満ちた光満ちる春分を待ちわびることにしよう。

2021年01月11日

水星に逢う

 1月24日は水星の東方最大離角だった。東方最大離角とは、内惑星である水星や金星が地球から見たときに太陽から東側に最も離れるときのことだ。つまり観望チャンスというわけ。東方最大離角の場合は、夕方の西空で見えることになる。とはいっても太陽に最も近い水星は、せいぜい19度。日没30分後で地平高度は10度ぐらいしかない。
 東方最大離角当日の24日は、前日からの雨で残念ながら見ることはできなかった。というわけで今夕(25日)夕焼けに染まる西空に水星を探した。明るさは0等なので、肉眼でみえるはずだし、だめでも双眼鏡ならすぐ見つかるはずだ。やや雲がたなびいていたものの、案の定雲と雲の間に間に双眼鏡であっさり探し当てることができた。一説によると地動説を提唱したコペルニクスでさえ一生見ることができなかったほど、お目にかかるのが難しいとも言われているが、全然そんなことはない。
 さっそく記念撮影、スマホでも撮れなくもないが、それなりのカメラで撮影してみた。快晴であれば美しい夕焼けをバックにもっと凛々しく写るのであろうが、雲がある方が情緒的で雰囲気のある写真となる。

1月25日18:00 OLYMPUS E-M5Mk2 18-150mmF4-5.6(75mmF6.3)ISO400 2秒

2021年01月25日

また太陽がお疲れモードに?

 昨年12月1日のブログで、太陽野勝次うがの活動が活発になって来て、アメリカ国立大気研究センターの研究者も「サイクル25がこれまでに観測された中で最も強い太陽黒点周期の一つになる可能性がある」という論文を発表したということを書いた。確かに9月にサイクル24から25に移行した途端、それまでの超低レベルの活動からいきなり巨大黒点が現れたのだから、太陽がついにお目覚めかと高揚感に酔いしれた。

 ところがその後、巨大黒点も消滅し、同じ黒点が盛衰を繰り返しながら自転の周期で見えるにとどまっていた。そして年が明けた1月、米粒ほどの黒点がゴマ粒ほどに衰えて、1月末には無黒点に近い状態に落ち込んでしまった。

 当初NASAは、サイクル25は24と同様に活動は活発にはならないだろうと予測していたが、やはりその予想が有力なのかと思ってしまう。もっともサイクル25は始まったばかりなので、今後どう推移してゆくかはわからない。

 ただ、太陽活動は地球の気候変動とリンクしているようなので、このまま低迷が続くと、いよいよ寒冷化に向かう可能性もある。太陽活動の推移を微力ながら見守ってゆきたい。

 

 

2021年02月02日

月面Xを撮ってみた

 2月はこれといった天文現象がない中で、昨夜19日は、今年2回目の月面Xが見られる日だった。「月面Xが見える」は、天文現象と言えるほどのものではないが、近年話題になっているし、今年は月面Xが2ヶ月ごとに偶数月に見える当たり年になっているので、この機会にしっかり記録しておくことにした。
 今回月面Xが欠け際に浮かび上がるのは、17時40分ごろ。月面での太陽高度が高くなるにつれ全体に光が当たり周りが照らされるので、X字が周りに溶け込んでしまう。X字として見られるのはここから1時間半ほどだ。
 というわけで、撮影準備を始めたのは18時ごろから、ところが望遠鏡のドローチューブが何かに引っかかって動かなくなるというアクシデントに見舞われ、修理に20分程かかってしまったが無事復活。結局撮影できたのは18時30分だったが、シンチレーションも冬にしてはまあまあで、欠け際に見事にXが浮かび上がる写真が撮れた。まあ無事撮れたので、これで良しとも思ったが、せっかくなのでXが時間とともにどう変化してゆくかを、2時間ごとに撮ってみることにする。このほとんど思い付きで撮影する計画性のなさが、私の得意とするところだ。
 その結果が下の写真だ。X字形の見え方の変化もさることながら、欠け際のようすがまるで生き物のように変わっていっている。月は結構早く公転していることが実感できる。また、月の高度が下がるにつれシンチレーションの影響を強く受け、月の描写が大きく変化していることもわかる写真となった。

2021年2月19日 FCT125+2Xアタッチメント(1400mm) OLYMPUS E-M5Mk2 ISO400 1/80s

2021年02月20日

我が家の庭の小さな春

 もう3月も終わり。我が家のささやかな庭にも春がやって来た。一昨年植えた花桃の木は、今年もたくさんのつぼみを付け、今年は寒かったせいか昨年より数日遅れて、一斉に咲き始めた。桃色と白のコントラストが青空に生えて実に清々しい。トローリとろけたストロベリーサンデーのような色合いで、甘い香りが漂ってきそうだが、残念ながらそれはなさそう。
 そして庭の片隅の紫陽花の根方に昨年から、愛らしい紫のブドウの房の色のような、スズランの花のような可憐な花がひっそりと自然生えした。どうやら「ムスカリ」という植物だそうだが、今年も花を咲かせてくれ、我が家の庭の一員になってくれた。
 ムスカリの花言葉は、「寛大なる愛、明るい未来、通じ合う心」だそうだ。新型コロナウイルス禍の中、世界はこのムスカリの花言葉に託されているようだ。コロナに感染した人を憎むのではなく寛大な愛で慈しみ、明るい未来を目指してできる限り自然に人間らしい生活をし、過度な自粛・委縮から生まれる分断を避け、通じ合う心を大切にする。
 この春は外に飛び出して、生きとし生けるものたちの生命の息吹を感じ、まばゆい太陽の光をさんさんと浴びて、友と語り合い、委縮した体とストレスで疲弊した心を開放して、自然免疫力を大いに高めよう。
 でも、感染対策はしなくちゃね。


2021年03月27日

少しご機嫌の太陽

 3月から4月にかけて相変わらず低迷していた太陽だったが、4月中旬ころから、小さな黒点が現れたり消えたりするようになった。それらがやがて消えなくなり、4月18日からけっこう目立つ黒点群を形成し始めた。とくに4月23日以降はぐんぐん成長し、しかも太陽中央にかまえて近年ではなかなか見ごたえのある黒点群となっている。このまま追いかけたいところだが、残念ながら明日から天気は下り坂。
 この調子で、徐々に極大に向かってゆけば、現在世界各地で寒冷傾向にある気候も、少しずつ落ち着いてくるかもしれない。

 

2021年04月27日

またまた緊急事態宣言

 またまた、緊急事態宣言が発令されてしまった。それに伴って、中止となる講座・講演がちらほら出てきた。
 のんびり思考や創造の世界に身をゆだねるのも悪くはないが、徐々に肉体と精神が疲弊してゆくような気がする。
 それを防ぐためには、未知のワクチンによる特定免疫を付けるよりも、心身ともに鍛えて自然免疫を強化する方があらゆる病に対応できるので無難だろうと私は思う。病は気からだからね。
 まずは、お日様に当たってビタミンDを体内に形成することだが、もう5月半ばだというのに、最近はすっきり晴れることが少なくてなかなか日に当たれない。そのおかげで涼しい日が多い。今日は久しぶりに朝から好天でしっかり太陽の光を浴びれそう。ただ立夏を過ぎると太陽高度が70°を超え、30℃を超える日もざらになる。今度は熱中症にも気を付けなければならない。それでも日光浴は、新陳代謝を高め元気が出てくるので、短時間でも続けることがいいのだろう。
 それでは、太陽に感謝しつつ太陽の写真を撮りながら、日光浴をすることにしよう。

 

 太陽活動は、一進一退を繰り返しているようだが、最悪の極小期は脱して、小さいながら定期的に黒点が現れるようになってきた。このまま極大に向かうかどうかだ。
撮影 2021年5月14日9:53

2021年05月14日

トホホホホの皆既月食

 3年半ぶりの皆既月食から4日もたってから、振り返るのも無粋かもしれないが、まあ一言でいうと、天気には勝てないってことだね。
 今年は、例年になく異常に早い梅雨入りで、やばいかなとは思っていたけれど、気象予報をあれこれ見ていたら、北の方ほど晴れそうだったので、岐阜方面に遠征すれば大丈夫だろうと高をくくっていた。ところが中部地方の天気予報は日ごとに悪い方に向かい、結局晴れたのは簡単には遠征できる地域ではなかった。我が家からは、部分食の後半に雲の向こうに月の存在を確認するにとどまった。
 結局昨年6月21日の部分日食に続いて2連敗となってしまった。まさにトホホホホである。
ただ救いは、今年はもう一度月食が11月に巡ってくることだ。今度は部分月食だが、月のほとんどが本影に入る、限りなく皆既に近い部分なので、あの神秘的な赤銅色の月を見ることができるだろう。晴れることを期待したい。
 というわけで、負け惜しみ言い訳というわけでもないが、月食を起こす地球の影を作ってくれる太陽の小さな黒点の変化の写真を見ていただこう。この写真からわかることは、5月22日から26日日中までは晴れたということ。太陽は自転(緯度によって違うがおよそ29日)していること。黒点は生き物のように変化すること。そして相変わらず太陽活動は低迷気味ということだ。
 今年の梅雨はいつまで続くのかよくわからないが、今週は梅雨の中休みとなりそうな気配。星や月の見だめをしておこう。

 

70mmED屈折赤道儀 ND1000+ND64フィルター 

2021年05月30日

5月29日水星と金星が寄り添った

 昨日(5月29日)は、夕方の西空の低空で水星と金星が寄り添っていた。この現象につては、月刊星ナビ5月号の「注目の天文現象」のコーナーで自ら紹介させていただいているが、何せこの原稿を書いたのは3月のことなので、書いてしまえば頭の中はリセットされてしまう。なので、水星と金星が接近することなどすっかり過去のことになっていた。つまり恥ずかしながら思い出すことなく見ることもなかったと確信できてしまう。
 ところが、5月29日は15時30分から豊川ジオスペース館で特別投影をさせていただいたのがラッキーだった。プラネタリウムの西に傾いた太陽を地平線に見送り夜を迎えようとしたとき、金星が見え始めるのはわかっていたが、金星の隣にもう一つ星が光っているではないか?!その瞬間走馬灯のように過去の記憶がよみがえる。「そうだ。今日は水星と金星が並ぶ日だった!」と心の中で叫びながら、「夕焼け空の中で金星と水星が寄り添っています。午後7時半ごろから8時にかけて西の空地平線まで開けたところで、金星と水星をぜひご覧になってください」さりげなく解説に加える。
 この豊川での投影がなければ、ここに紹介する写真は存在しなかった。感謝感謝である。
それにしても、各地のプラネタリウム館でプラネタリウム投影に毎日関わっているスタッフの皆さんは、様々な天文現象に事前に触れることができるので、たとえ忘れていたとしても直前には思い出せるという、すごい武器を持っていることなんだね。このメリットは最大限に活用しないともったいない。多くても1ヶ月に3回ぐらいしか解説しない私にとっては、すごくうらやましい限りだ。


5月29日19時51分 OLYMPUS OMDEM5Mk2 150mmF6.3 ISO800 1.3″(電線がちょっとうるさい)

2021年05月30日

深読みギリシャ星座神話あとがきより1

 気が付けば、今年ももう半分終わってしまった。この1年半、あいまいなPCR検査に振り回され、今度は治験中の未知のワクチン接種騒動に世界中が踊らされている。そして国と国、個人と個人の分断があちこちで起こっている。何が正しいのか間違っているのか、真実は闇の中。
 今から4年前に、深読みギリシャ星座神話というタイトルの本を書いた。たいして売れてはいないが、この本がきっかけで、星座のギリシャ神話をモチーフにした講演や講座の仕事も舞い込んでくるようになった。そんなわけで自分が書いた本を何度も読み返すわけだが、先日地下鉄の中で、今まで目を通してなかった「あとがき」を読み直してみて、我ながら感心してしまった。まあ、これを自画自賛というのだが・・・
 そこでは、ギリシャの神、プロメテウスとエピメテウスとパンドラの壺に触れている。プロメテウスは「先に考える」、エピメテウスは「後で考える」という意味合いがあり、そこから生まれたのが、プロローグでありエピローグだ。ある日、エピメテウスのもとに怪しげな壺を大事そうに抱えたパンドラがやってくる。プロメテウスなら嫌な予感がして追い返してしまうのだろうが、エピメテウスは、あとで考えようと、パンドラを招き入れ一緒に暮らし始める。エピメテウスは、パンドラの壺のことが気になり栓を抜いてみようと提案するが、「大神ゼウスさまが絶対に開けてはいけないというの」とパンドラ。エピメテウスはそれを聞くと後で考えることにして忘れてしまうが、パンドラはこのことがきっかけで気になり始め、開けたくて開けたくてしょうがない。そして少しぐらいならまあいいかと、とうとうパンドラは壺の栓を抜いてしまう。すると壺の中からは怪しげな黒い霧が立ち昇りあたりに消えていった。壺から舞い上がったのは、なんと病気、嫉妬、悪意、憎悪、暴力、戦争、災害だったのだ。それまでの世界には邪悪なものは何一つなく、人間は神と共に自然と共に何不自由なく暮らしていた。ところがパンドラの好奇心が「諸悪の根源」をまるで伝染病のように世界に広めてしまった。これは、パンドラの壺でおなじみの夢否話だが、実は、これは、大神ゼウスの人類抹殺計画だった。しかし壺の底にまだ一つだけ残っていた「希望」が救いとなった。
 この後締めに入るのだが、長くなってしまったので、この続きは、次に譲ることにしよう。

2021年07月02日

深読みギリシャ星座神話あとがきより2

 前回の、深読みギリシャ星座神話のあとがきの続き。
 てんびん座のギリシャ神話によると、神が人間をつくり、神と人間が何不自由なく楽しく暮らしていた時代を「金の時代」、ペルセポネが冥界から世界に冬という季節を持ち込んで、人間が働かなくては行けなくなった時代を「銀の時代」、個人の欲望を満たすために争いが始まった「銅の時代」、そして武器を手にして国と国とが戦争をするようになった時代を「鉄の時代と呼んでいて、古代ギリシャ時代の詩人ヘシオドスによると、現代も「鉄の時代」が続いているそうだ。それは正しいだろうか?ひょっとしたら「鉛の時代」かも・・・
 私達はインターネットというかつてない利便性を手に入れた。パンドラの壺にも似た何でも出入りするスマホを介して、パンドラの壺から飛び散ったように様々なものが、さらに加速して縦横無尽に世界を駆け巡っているのかもしれない。何でもありとあまり度が過ぎてもっと傲慢になっていないか?再びゼウスが激怒して私たちを破滅に追い込む、天変地異、未知のウイルス、核戦争を企てるかもしれない。そんなことになったら未来を担う若い世代に申し訳ない。ここは、私たちにとって最後のよりどころである、「希望」を糧に、「愛」や「夢」や「絆」で、「諸悪の根源」に負けないパワーを、世界に広めようではないか。
という締めになっている。
この2017年に書いたあとがきを地下鉄の中で読み直してみて、まさに今のこの世界の様子ではないかと、妙に恐怖を感じるとともに感動して、自画自賛、独りよがり、自己満足に陥ったというわけだ。おかげで、久屋大通駅で降り損ねそうになってしまった。
 大神ゼウスの仕業だとはもちろん思わないが、なんだか目に見えない大きな力が働いているようにも感じる。誰が現代版パンドラの壺開けのか、世界をこの国をどうしたいのか、疑心暗鬼をあおるだけで、国々もマスメディアもネットも決してすべてを語ってはいない。とにかくこの1年半に起こったことの真実が知りたい。

2021年07月02日

7月22日は大暑

 今日は二十四節気の大暑。「1年を通して最も暑くなるころ」という意味合いの言葉だ。たしかにここ数年夏休みに入るころは、気温が35℃を超え37℃に迫る日が多くなっていた。今年も梅雨が明けてから晴れの日が多くなり、たしかに気温が上昇して「暑いなあ」と感じるようになったが、風はそれほど熱風ではないので、エアコンなしでもなんとかなる程度だ。しかも、日が暮れると冷風とはいかないまでも心地よくなる。さらに打ち水をすると快適だ。
 今のところ台風の発生数も少なめだし、「今年の夏は、猛暑にはならないのでは?」と期待が膨らむが、大暑を迎えた後どんな夏がやってくるのだろう。
 太陽黒点も、小さいものはちらほら出現するようになったが、まだまだ勢いはなさそう。
それにしても、梅雨は開けたものの今一つすっきりした快晴にならない。


2021年07月21日

星空は何処?

 ペルセウス座流星群も旧七夕も晴れずじまいだったが、これに限らずこの夏はじっくり星空を観ていない。本当に天気が悪い。おかげで日照時間が短ので、あまり暑くないどころか涼しいのがうれしい。大陸の高気圧と太平洋の高気圧のヘリが日本列島上空でぶつかって前線が発生して中国まで延びて、早々と秋霖状態になっている。おかげで大陸から偏西風に乗って流れてくる雲が東シナ海でさらに発達して日本のあちこちで集中豪雨を起こしてしまっている。被災した方々のことを考えると胸が痛い。
 太陽黒点は、相変わらず低調でゴマ粒より小さな黒点がちらほら現れるだけで、ほぼ無黒点に近い。
太陽活動低迷が続くと地球は寒冷化するということが経験的に言われているが、なぜ寒冷化するのか。その理由は、太陽風が宇宙の彼方から太陽系に向かって飛んでくる宇宙放射線を押し返してくれているが、太陽活動が低迷すると太陽風の勢いが衰えて、宇宙放射線が地球に降り注ぐようになる。するとその影響で大気中で水滴の元となる氷昌核をたくさん生み出し、その結果多くの雲を生成することになる。雲が多くなれば太陽の熱や光は反射され、下層大気や地表は徐々に冷えて行くというわけだ。当然雨も多くなる。
 この夏、日本は例年になく日照時間が短いのと涼しい。過ごしやすいのはうれしいけれど、困るのはこのまま秋になってしまうと、農作物が不作になるという懸念が生れる。少しでも早く星空が還ってくることを祈りつつ、食料を少し備蓄しようかな。


2021年08月17日

デジカメ買った

 数か月前から、気になる存在のデジカメがあった。カメラは両手に余るほどあるので、これ以上増やすのはいかがなものか?そろそろ断捨離をする歳でしょう。などと思いとどまらせていたが、ついに物欲が勝ってしまった。ただし新品は手が出ないので中古。
 そのカメラとは、ニコンクールピックスP950。コンパクトデジカメだ。今さらコンパクトデジカメなんてと思うかもしれないが、普通のコンパクトデジカメではない。なんと光学83倍ズーム。4.3mm~357mm(35mm換算で24mm~2000mm)という怪物だ。怪物だけあって大きさも重さも尋常ではない。重量は1kgを超えている。これをコンパクトというのか?!実はP950のさらに上があって、光学125倍ズームのP1000が存在している。超望遠の3000mmは魅力的だ。ただし重量1.4倍、お値段は1.3倍。どちらにするか迷った末、少しでも手軽に使いたいし安いからという理由でP950に落ち着いた。
 なぜ、このカメラが気になっていたかというと、これだけの超望遠ならカメラだけで月のクレーターはもちろん、木星の縞模様や土星のリングも写せるのではないか?長時間露光もできるので、星雲星団も撮影できるのではないか?だとすれば、重い機材はもう必要ない。根っからの無精者の私にぴったりのカメラだという、いささか不純な動機からなのだ。
 というわけで、カメラが手元に届いた夜、さっそく月を撮影してみた。P950には月を美しく撮るための月モードがあるが、まずはマニュアル撮影。このカメラの実口径55mmなので、50mmの望遠鏡で撮影した月と同等に撮れれば上出来だ。
あと、バーダープラネタリウムのソーラーフィルターをセットして、黒点がちらほら増えてきた太陽も撮ってみた。ちなみにどちらも手持ち撮影である。さてその結果は・・・
評価は皆さんにお任せするとして、おいおい惑星や星雲星団の画像もお見せしてゆきたいと思う。


2021年09月08日

P950で惑星を撮ってみた

 ニコンクールピックスP950実写レポート第2弾は、惑星の拡大撮影に挑戦。光学ズーム2000mm(35mm換算)、さらにデジタル4倍で8000mmとなる。これだけの超望遠ならば、木星の衛星はもちろん木星の縞模様、土星のリングは撮影可能だろう。というわけで購入したその夜に木星と土星を試し撮りしてみた。ただし実口径は55mm、撮像素子は1/2.3インチと35mmフルサイズの1/4しかない。なので写りはそれなりだと想像はつく。
 まずは木星の衛星。すこしながれてしまったが、木星の衛星の動きを撮影するなら十分と言えるだろう。次に木星本体。縞模様がなんとか2本写っているが、ちょっとがっかり。そしてワクワクの土星だ。くっきりリングが写っている。しかもリングに落ちた本他の影もわかる。木星以上の感動だ。
 今回はカメラ三脚に取り付けての、なんちゃって撮影だったが、まあまあの結果ではないか?(木星と土星は画像は約1/2にトリミングしてある)
 次回は動画撮影をしてレジスタックスで処理してみることにしよう。


2021年09月13日

P950とうちのコンデジ比較

 コンデジだけどコンデジとは言えない、ニコンクールピックスP950。どれぐらい巨大か、うちにある歴代高倍率コンデジと比べてみよう。写真の左は、LUMIX DMC-TZ10 12倍ズームで重量218g、右側がNikon COOLPIX A900 35倍ズームで重量299g。そして中央がCOOLPIX P950 83倍ズームで重量は1005g。なんとA900の3.36倍!まさにフルサイズ一眼レフ並みの大きさだ。
 まずは、この3機種で撮影した月の写真をご覧いただこう。もちろん焦点距離が異なるので写る大きさが違うのは当然だが、解像力がまるで違うことがわかるだろう。さすがに口径と焦点距離がものをいう。だてに大きいだけではないことがよくわかる。


2021年09月18日

P950で星空を撮ってみた

 ニコンクールピックスP950実写レポート第3弾は、星空の撮影に挑戦。P950の前身に同じ光学83倍ズームのP900があり、中古価格は5万円前後とP950よりも3万円弱安い。ならP900でもいいじゃないかと思ってしまうが、どうせ高い買い物をするなら、星空も撮りたい。そこでP900とP950のスペックを調べてみると、シャッタースピード範囲が決定的に違うことが判明。P900は1/4000~15秒に対してP950は1/4000~30秒でバルブ(最長60秒)まである。「星空を撮るなら15秒では心もとない60秒は必要でしょ」。3万円の差は大きいが、またEVファインダーの視認性等、細部に改良が施されているので、ここは思い切ってP950に決定。
 さっそく、夕空に並ぶ月と金星を撮影。この手の写真はスマホでも撮れるが、夕焼けの色のノリや、雲の再現性がなかなかいい。ただ拡大してみるとややノイズが多いようにも感じる。
 次は、星空撮影だ。仕事で旭高原元気村に行った折に、カメラ三脚に固定して夏の大三角を撮影。この日は天の川がうっすら見えていた。写真は露出30秒(F3.2、ISO800)だが、天の川が写っているし星像もシャープだ。
 そして超望遠を生かして星雲星団を撮影。さすがに固定では無理なので、とりあえず名古屋の自宅で赤道儀に搭載して、南中しているリング星雲(M57)を2000mmで撮影してみた。露出は30秒(F6.5、ISO1600)。名古屋なので空も良くないし正直あまり期待していなかったが、写真を見てびっくり。「リングがちゃんと写っている!」コンデジ?でここまで移るとは驚きだ。
 というわけで、やや高感度長時間露出では素子が小さいためノイズはやや多めだが、星空撮影にも十分使えることがわかった。しばらくはP950で撮影を楽しめそう。

 

 

        


  


2021年10月01日

P950ベストショット

 このところ、P950の話題ばかりで恐縮だが、大人の玩具として最高に楽しいカメラであることはまちがいない。ちょっと大きくて重いが、望遠鏡いらずなので気軽に遊ぶには理想的なカメラだろう。

 そんなわけで、ここ1ヶ月で撮影した写真のうちベストショットをご紹介しよう。 まずは月。月は何の苦労もなくクレーターを写すことができるが、やはり手振れ補正をOFFにして三脚に固定し、マニュアルフォーカスにしてピントをしっかり合わせることで、カメラ任せで撮るよりも良い写真が得られる。また拡大率もそれなりに大きいのでシンチレーション(大気の揺れ)の影響も受けるので、撮影する夜の自然条件にも左右される。これらの条件を満たしたショットが下の写真だ。口径55mmの高倍率ズームのコンデジで、口径6cmEDアポにデジイチを付けて撮ったのと大差ない出来だと思うのだが・・・(f2000mmF7.1 1/100秒 ISO200 三脚に固定)

 次は、名古屋市内で撮影した二重星団。3等星程度までしか見えない空なので、星がいっぱいというわけではないものの、多少星像が甘めでやや肥大して写っているのも手伝って、意外とゴージャスな写りになっている。(600mmF6.4 30秒 ISO800 赤道儀で追尾)


2021年11月01日

見えた!金星食

 今日11月8日は、は2012年8月14日以来実に9年ぶりの金星食だった。昼間の現象とは言え、隠される金星は-4.6等と明るいし、月も月齢3.3と四日月なので透明度さえよければ、月は肉眼で見えるし、金星も双眼鏡なら確実に見える。ところが前々日の天気予報では、曇り傾向。「ムム金星食よお前もか・・・」って感じ。
 ところが、その予報は良い方にはずれ、朝から雲が多いながらもとりあえず晴れている。これなら見えるかもと、晴れている間に赤道儀の目盛環を使って太陽から金星を捕らえ、カメラをセットして、あとは食を待つばかり。
 第1接触が始まる10分前の13時34分、カメラのファインダー越しに薄雲の向こうにキラッと輝く半月状の金星と、今にも雲間に消え入りそうな月が何とか見える。
 13時44分、第1接触とともに潜入開始。月の欠けて見えない部分に金星が入ってゆくので、まるで金星がじわじわと青空に吸い込まれるように消えてゆく。ただし、潜入に連れて見えなくなっていっているのか、雲のせいなのかはよくわからない。しかしまあ、なんとか動画と静止画を撮影することはできた。
 出現までは40分ほど時間があるので、一休み。その間に欲をかいてもう1台カメラをセットする。
 14時20分。あと8分で出現開始だ。気が付くと潜入時よりも雲が切れて月の周りは青空が広がっているではないか。14時25分から動画撮影スタート。14時27分から、カメラのファインダーを覗き、静止画撮影スタンバイ。今度は、月の明るく光る側から金星がじわじわ出てくる。予定通り14時28分過ぎ、月の縁がチカッと光るとその光は徐々に大きくなり、半月状の金星が登場してくる。
 金星が消えるときは幻想的でいいが、出てくるときの方が劇的でドラマチックでインパクトがある。もっともバックが灰色か青かの違いがあるかもしれない。いずれにしても、今年は連敗続きだった天文ショーが、曲がりなりにも見ることができたのは大きかった。この勢いで11月19日の限りなく皆既に近い部分月食もゲットすることにしよう。


 

2021年11月08日

見えた!赤銅色の月

 11月19日は今年2回目の月食だった。ただし部分月食。皆既じゃないとなるとテンションはやや下がるが、今回は食分(欠ける割合)0.978で、本影から2.2%はみ出すだけの限りなく皆既に近い部分月食だ。
 名古屋の月の出は16時41分東北東方向から昇る。この時すでに月の左側が欠けている月出帯食。我が家の屋上の主力望遠鏡を設置してある南側からは屋根が邪魔になって月の出から1時間半近く月が見えない。月の出が見える場所に遠征するか否か(と言っても近くの公園だが)。迷った末、別の望遠鏡を屋上の北側にセットして撮影することにした。
 16時50分、そろそろ月が見えてもいいころだが、無情にも天頂から西側は良く晴れて、金星も土星も木星も良く見えているのに、東の空はべた曇り。「あじゃ、5月26日の再来か?」不安がよぎる。それでも17時15分ごろから、雲の隙間から半分以上欠けた満月が顔を出したり隠れたり。南西の空にはヘリコプターが5機も飛んできてホバリングしている。何か事故か事件でもあったのか?見えない月よりもそちらが気になって、ヘリの写真を撮り始める。(何やってんだか。どうも自動車整備工場の火災だったらしい。)
 気が付くと東の空も徐々に雲が薄くなりかけて食最大直前の赤く染まった満月が鮮明に見え始め、主力望遠鏡でも確認できるようになった!その後は、薄雲が時々かかるものの、最後まで観望・撮影することができた。
 何度見ても本影に入った満月の色合いは神秘的だ。地球の大気を通り抜けた赤い光が月を照らしているんだと考えるだけでソワソワする。双眼鏡で赤銅色の月とすばるも見える。
 今回は、ほぼ皆既に近い部分月食で、どれぐらい赤銅色の月が見られるかが気になったが、肉眼でもまあまあの時間見えた。というわけで、本影から姿を見せた月がくっきり見える写真と、本影に入った部分が赤銅色に見える写真を露出を変えて撮ってみた。本影に入っている部分は最後まで赤く染まっていることがわかる。
 完ぺきとは言えなかったが、11月8日の金星食に続いて、赤銅色の月を見ることができて本当に良かったと思う。次は1年後の11月8日にまた再会しよう。

 

2021年11月22日

街中で星雲星団撮影

 歳とともに、夜2時間車を走らせて山に行って、星空を撮影するという気力が萎えてきた。でも星雲星団の写真を撮りたい。そこで横着をして自宅で撮影できないものかと考える。撮影もデジタル化が進んで、最近は星雲の微弱な信号を重ね合わせて増幅するという電子観望が主流になっているようだが、あくまでも昔ながらの写真を撮りたい。
というわけで、光害カットフィルターと画像処理(加算合成?)での撮影を企てる。かといっても、カメラの赤外カットフィルターを外したり、高価なナローバンドフィルターを駆使するのではなく、できる限りスタンダードにリーズナブルに撮影する方法を模索。その結果フィルターは、アマゾンで検索した結果SVBONYのCLSフィルターを採用(4680円)。ナローバンドではないので、どれほどの効果があるかはわからないが、とりあえず試しに3等星までしか見えない空で、M45(プレアデス星団)とM42(オリオン大星雲)を撮影してみた。
 タカハシSKY90+レデューサー(f405mm:F4.5)ISO1600で、M45は30秒×5枚、M42は60秒×5枚撮影。カメラはOLYMPUSOMD-EM5Mk2。JPG撮影。
 撮れた写真は、フィルターの特性上青かぶりがすごい。おまけに星雲はそんなに写っているようには見えない。やっぱダメかな・・・
 これをフォトショップで画像処理をしてどれだけ変身させられるかだ。まず、5枚とも青かぶりを落としつつバックを黒に近づける。そして、5枚をレイアーでいろいろな合成、比較明、スクリーン、加算などいろいろ試みる。その結果が下の写真だ。M45は覆い焼き(リニア)-加算、M42はスクリーン。(写真左が処理前、右が処理後)
M45は、ざらざら感はあるもののプレアデスの星々を包む星雲が浮き出した。M42に至っては、一昔前の銀塩写真に迫るほどの写りだ。天文雑誌に掲載されている写真には及びもしないが、街中で手軽に星雲星団撮影をしばらく楽しめそうだ。

 

 

2021年11月30日

好天のふたご座流星群

 ふたご座流星群は毎年12月中旬に巡ってくるが、年によって条件が違う。その大きな要因は月明かりがあるかないかだ。月明かりがあると見える流星の数は減ってしまうからだ。
今年の極大日は、12月14日~15日で、月齢10の月が夜半過ぎまで夜空をこうこうと照らす最悪の条件。ところがふたご座流星群の放射点は冬の星座であるふたご座にあるので、一晩中見ることができる。つまり月が沈む2時以降には最高の条件になるというわけだ。
 というわけで、2時ごろから観測?いや撮影を始めた。もっとも星ナビの原稿を書きながらなので、超手抜き。カメラ3台使って、1台は全天魚眼、2台は28mm広角レンズをセットして、魚眼と広角1台は3時間のタイムラプス撮影。ざっと8秒露出(F3.8ISO800)を480カットといった感じ。残り1台は約30分の比較明合成撮影。あとは、バッテリー切れを心配しながら、原稿を書くのに飽きたらしばらく外に出て星空を眺めるといった感じ。撮影と言っても名古屋の空ではそんなに写るとは思えない。
 結局、空のチラ見で確認できた流星の数は5個。ではカメラには何個写ったか?少しは期待しながら、まずタイムラプス動画をチェック。流星は一瞬なので、動画をよほど注意してみていないと見落としてしまう。何度も再生して結局確実に写っている明るい流星は2個しかない。比較明合成の方はかすかなのも含めて3個。タイムラプスと同一の流星もあるので、写っていたのは4個だった。まあ、3等星までしか見えない空なのだから上出来だろう。
 今年の天文ショーは、一応これで終了。来年は、1月4日深夜のしぶんぎ座流星群からスタートする。

写真は、魚眼レンズで撮影した48カットのうち、2時57分~3時5分の間のコマを比較明合成。

2021年12月17日

12月16日の太陽

 ここ数日前の2~3日ほぼ無黒点状態で、また太陽さんお疲れモードに戻ったのかと思ったら、12月15日あたりから大名行列ならぬ見事な黒点行列が太陽の縁から登場してきた。
黒点一つ一つは決して大きいとは言えないが、目立つ黒点だけでも8個、小さなものまで含めると30個近くの黒点が列をなしている。まだまだおとなしい太陽表面にあって、これだけ並ぶとなかなか壮観だ。今後どうで成長してゆくのかおおいに楽しみである。

 

2021年12月17日

いつまで続く?コロナ禍

 今年も残すとこあと5日になってしまったが、私の講座講演の仕事も、今日の長島学習ふれあい館での講座「ガリレオが観た宇宙」で、外での仕事は終わりとなった。
今年は、教員研修や大学の授業、文化センターでの講座で、積極的にガリレオ・ガリレイを取り上げた。ガリレオに関する何か歴史上の出来事があった記念の年でもないのに、「なぜガリレオ?」と思うかもしれないが、コロナ禍が世界を襲って2年の間に、ガリレオが生きた400年前の天動説から地動説への大きな転換期となった圧政と弾圧と分断の時代と似通っていると感じたからだ。
 ガリレオの人生観は、独立する際に父親から送られたという言葉「お前が心理を求めるならば、どんな権威にも圧力にも立ち向かう知恵と勇気を持つことだ」に根差している。この言葉を糧に、ガリレオは、どんな圧力にも負けず、1600年間続いたアリストテレスが唱え常識として受け入れられてきた自然の法則を、観測と実験によって塗り替えていった。
ガリレオが残した名言は、「それでも地球は動く」以外にもたくさんあるが、コロナ禍に生きる私たちにぴったりの名言がある。それは、
「君は、他人の報告を信じるばかりで、どうして自分の目で確かめたり調べたりしないのか」
「物事には目に見えないものがある。それが意外に重要なのかもしれない」
 あてにならないPCR検査、効くか効かないかどんな後遺症があるかよくわからない治験中のワクチン接種、重症化はほとんどない普通の風邪と変わらないオミクロン株への過敏な反応。政府やマスメディアの論理性のない発表を鵜呑みにする前に、少し情報を集めて自分なりに分析して自分なりの答えを出すことが重要なのではないか。そうすることによって、表面には出てこない真実が見えてくるのではないか。今こそ、思考停止にならないで、物事深く考えて、自分自身の信念に基づいて行動すべきではないのか。ガリレオは、そのことを教訓として私たちに教えてくれている。
 そういえば、サン・テグジュペリの星の王子様でも、キツネが王子様に「心で見なくちゃ、物事はよく見えないってことさ。大切なものは目には見えない」とガリレオと同じことを言っている。これを私たちがよく知っていることわざに置き換えると、「百聞は一見に如かず」。
 この2年間の日本や世界が向かう方向が本当に正しいのか、年末年始にガリレオの精神で深く考えてみたい。

2021年12月26日

トンガで起こった巨大噴火に思うこと

 年が明けて早20日あまり。それにしても今年の冬は寒さを感じる。それでも子供の頃は冬と言えば―4度は当たり前だったので、そのころに比べるとずっとましなのかもしれない。にもかかわらず寒さを感じるのは、ここ数年の冬が寒くなかったからか歳のせいか。それはさておき、1月15日にトンガで大噴火が起こった。噴火の規模は、1991年のピナツボ火山の噴火と同程度のVEI6だという。大きな被害が出ていないことを祈りたい。
 そこで思い出すのが、ピナツボ火山噴火の1991年から数年間のこと。まず夕焼け・朝焼けが空全体がピンク色に染まり、幻想的を通り越して不気味にさえ思えた。さらに1993年6月4日に起こった皆既月食の皆既中の月が異様に暗くほとんど見えなかったこと。そしてその夏は冷夏でコメ不足に陥り、ひょろ長くてパサパサのタイ米を食べた。この時は世界の年平均気温が0.5度下がったという。
 その原因は、噴火によって噴出した物質が成層圏まで舞い上がり、地球を覆ってしまったため、普通は通過できる波長の長い赤い光でさえ通過できなくなり、派手な夕焼け・朝焼けや皆既中の月が暗くなったというわけだ。そして平均気温が下がったのは、太陽光が噴出物で遮られ地上に届く光と熱の放射量が低下したからだった。
 では、今回のトンガの大噴火でも同じようなことが起こるのか?それは成層圏まで舞い上がった物質の量や内容によって決まるのだろうが、噴出したのは水蒸気、二酸化炭素、二酸化硫黄が中心なのだろう。二酸化炭素や水蒸気は、温室効果ガスなので寒冷化はしないのか?一方二酸化硫黄は太陽光を反射するので、寒冷化の原因となるだろう。まあ噴出物質の分析結果が出なければまだよくわからないことになる。
 今後、夕焼け・朝焼けがどう変化してゆくか、11月8日の皆既月食における皆既中の月がどれぐらい暗いかに注目してゆきたいと思う。それにつけても今回の噴火で排出された二酸化炭素量は、世界が排出する1年分の二酸化炭素排出量に匹敵するそうだ。年間何兆円も費やしてせっせと二酸化炭素を削減しても、一回の巨大噴火で吹き飛んでしまう。やはり人間は自然には従うしかないということをしみじみと感じる。


2022年01月21日

そろそろ矛盾に気づいてるよね

 そろそろ気づかないかい?世界が向かっている方向がおかしいと。
コロナが始まってから3年目に入る。2年前何が起こったのか振り返ってみると、
2020年、突如のコロナ騒動、不正疑惑まみれのアメリカ大統領選、それに呼応するかのように表に踊りだしてきた地球温暖化加速、グレートリセット、ニューワールドオーダー、SDGs、ムーンショット計画、AI依存加速などなど。2020年をスタートライン2050年をゴールラインとして、コロナの号砲とともに世界改造計画人類改造計画が世界一斉に始まった。世界の現状から離れて宇宙的視野で冷静に地球を俯瞰してみると、こんな風に捉えられなくもない。
 私たち庶民は、世界の一部の特権階級の人たちが決めた道を歩むしかないのだろう。その道が人にとって地球にとって本当に正しいのであれば従いもしよう。しかしこの2~3年の世界の動きは、私の長い人生の中でも余りにも性急で異様としか思えない。まるでブレーキの利かない車に乗せられているような感じ。
 なぜそんな風に感じるのか。それは、地球温暖化(二酸化炭素悪)もコロナも、科学的な論拠がないまま結論ありきで半ば一方的に推し進められ、そこにSDGの17の目標の一部やグレートリセットも乗っかっているから。まさに「無理が通れば通りが引っ込む」
 例えば再生可能エネルギーに置き換える話。これ自体は環境にやさしいし無駄もない良いことだと思う。しかし発電を太陽光や風力を主力電源に置き換えたらどうなる?各家庭や企業が自己責任で行うなら大いに結構だが、日本の電気エネルギーを賄うとなるとちょっと違うんじゃない?と思うのは私だけ?だって風力は風が吹かなきゃ発電しないし、太陽光発電は、雪が積もったり火山買いが積もったりしたらおしまい。「今日は風が吹かないので、今日は雪が積もったので停電します」という生活に満足できるのならばそれでもいいが、ただでさえデジタル化で電力需要が増えているなかで、これで産業も経済も破綻してしまうことは目に見えている。そんなこと賢い人ならとっくに気が付いているだろうに・・・そんな政策に私たちは再エネ賦課金をプラスした高い電気料金を払わされている。だったらもっと確実なエネルギー源例えば核融合炉などに税金を投入すべきではないの?
 とにかく言ってることとやってることに矛盾がいっぱい。コロナについても少し考えると不可解なことが多すぎ。そして自由・人権と叫びながら、その自由と人権の枠が昔に比べるとどんどん小さくなって、限られた範囲での自由しか認めない風潮がある。
 今の世の中日本だけじゃなく世界中が矛盾だらけ。厳しくなるばかりで全然人の心に優しくない。まだまだ言いたいことは山ほどあるけれど、思っていることもはばかられる。そろそろこの矛盾に気が付いて怒って、向かう先を軌道修正してもらわなくちゃいけないんじゃないかな。
だって、良心の中で大きな心を持って楽しく自由に夢や希望を語りたいじゃない。

2022年01月25日

自転する太陽

 太陽が自転していることはあまり実感としてわかないが、実際は赤道付近で27.5日、高緯度帯でおよそ31日の周期で自転している。月の満ち欠け周期と同様にほぼ1ヶ月というところが興味深い。
 太陽黒点を撮影していると自転していることはもちろん気が付くが、明確にわかるように撮りためた写真のうち、とりあえず昨年12月1日から今年2月12日までを動画にしてみた。動画にすることによって、自転していることはもちろん、黒点は突然現れまるで生き物のように日々変化していること、太陽の高緯度帯には現れないこと、経度帯によって黒点が少ないところと多いところがあることがわかる。
 一般的に黒点は、極小期には緯度の南北30度付近に現れ、極大期に向かうにつれて緯度15度付近に集中してくるといわれる。最近黒点の数は増えてきたが、出現位置を見るとまだ極小期を脱したとは言えないだろう。


2022年02月14日

久しぶりに月を撮ってみた

 ここ数日、一気に春めいてきて、ポカポカ陽気となっている。
 春の訪れとともに、大気も徐々に安定してきて、シンチレーション(気流によるゆれ)がぐっと落ち着いてきた。おかげで望遠鏡で太陽や月を観ても、像が小刻みなゆらぎから穏やかなゆらぎに変わり、細部までよく見えるようになってきた。
 そこで久しぶりに月を撮影してみた。さすがにまだ夏程の安定度には及ばないが、そこそこクリアーな画像が得られる。
 月齢10前後になると、欠け際にグラビウス、ティコ、コペルニクス、プラトーといった巨大クレーターが姿を現し、壮観な眺めとなる。シンチレーションが安定していると、針先で突いたような極小クレーターや、小さな山魂、糸のようにか細い亀裂などデリケートな地形が浮かび上がってきて、まるで宇宙船の窓から荒々しい月面探訪をしているような錯覚に陥り時間が過ぎるのを忘れてしまう。月を望遠鏡で眺めたり撮ったりするようになって半世紀、よく「天体観望は月に始まり月に還る」と言われるが、まさにその通りだと実感できる。裏を返せば、もうそんな歳になってしまったとも言えなくもない。いずれにしてもいくつになっても月面探訪は楽しい。

撮影DATA
2022年3月12日18:51 FCT125+2倍アタッチメント 
OLYMPUS EM-10Mk2 1/100秒 ISO400

2022年03月14日

新年度がスタート

 今年も新年度がやって来た

 今日は4月1日。今日からまた新しい年が刻まれる。丸2年新型コロナウイルスに振り回され、世界中が混沌とした状況で迎えた。コロナによる人不足・物不足?のあおりを受けて、今日から物価が上がる。多くの人たちは収入が減り自由を奪われ、ただでさえ疲弊しているのに追い打ちをかけるように値上げラッシに増税。いったい世界をどうしたいのだろう。

 それでも、自然界は何事もないように変わりなく桜は満開になり、私達の心を癒してくれる。それにどんな老木でも咲かせる花はフレッシュ。桜の木のようにどんなに疲弊しても心はフレッシュでありたい。

 これから次々に咲いてゆく様々な花たちを愛で、何千年も前から変わらず巡る星座たちを眺め、せめて自然の中で心をリフレッシュして、自然とともに生きることに希望を見出すことにしよう。

 

2022年04月01日

カーナビに思うこと

 先日、カーナビが付いていない中古の軽自動車を買った。運転免許を取ってからそろそろ50年。その運転歴の中で45年間カーナビなしのというか20年前は

カーナビすらなかった。ロードマップさえあれば、何の躊躇もなく日本中どこでも行けた。なのでカーナビがないことなどまったく気にしなかった。
 ところが現実は違った。カ-ナビ付の車に4年乗っただけで、カーナビの付いていない車に乗った途端カーナビがない不安に怯えてしまった。もっともスマホのカーナビアプリを使えばいいのだが、そんなことではない。4年前までは平気だったことが平気ではなくなっている自分に不安を感じたのだ。
 たしかにカーナビは便利だ。目的地まで支持されるがままに運転すればいいし、およその到着時刻もわかる。最近はネットに接続していて渋滞状況もわかる。
だがそんな便利さに頼っているつもりはなかった自分が、たった4年で知らず知らずのうちにカーナビに頼ってしまっていると気が付いたことがショックだったのだ。
人間とは元来ずぼらで怠け者。便利なものが登場すれば、躊躇もなくすぐに受け入れて自身に鉦備わった能力を惜しみなく捨てて行く。
 カーナビだけではない。4年前から乗っている車には、安全装置が装備されていて、バックモニターはもちろん、道路のラインに沿って走るし、一定の速度で走るし、自動ブレーキまで付いている。さらに最近の車は、ヘッドライトも自動点灯。まさに至れり尽くせりだ。昔に比べると運転がすごく楽になって運転に集中する必要がなくなって自由度が増したのかもしれないが、運転している感より、乗せられている感が強くなったともいえる。そういえば、車の強度保つためか、以前よりもガラス面積も小さくなり視界が悪くなった。それを補うためか、やたらカメラを装着する。
 つまり、自分で見て考えて運転する楽しさが奪われた感がある。そういう意味では本来の考えたり楽しんだりする自由度がなくなった。これって、ある一定の枠内でしか自由を認めないという、今の世の中が向かっている方向と同じじゃない?
 便利さに安易に心を売ってはいけないと、反省しきり。カーナビの使用は、困ったときだけにしよう。できるかな?

2022年04月07日

中島みゆきの歌を聴きたくなった

 突然中島みゆきさんの歌を聴きたくなってCDを買った。ほぼ同世代なので、若いころから知っていたが、熱狂的なファンではなかった。泥臭くアウトローな歌が多く番長のイメージという印象だった。一方どちらかというとその対極にあるやや理屈ぽっくて優等生的なさだまさしさんの歌の方が好きだった。変なたとえだが、平時のまさしさんだとしたら、有事のみゆきさんという感じだ。

 そんな私が、突然中島みゆきさんの歌を聴きたくなった。なぜ?なぜ?なぜ?一言でいうと、今の社会の在り方への疑問からだろう。もう何度も書いてきたが、2年半前のアメリカ大統領選の謎を皮切りに、コロナウィルス、ワクチン、そして現在はウクライナ紛争、中国の過剰なロックダウン。次々に不可解なことが起こる。しかもどの出来事も善悪二元論に仕立て上げられ、不安や感情を煽り分裂や分断を助長する。そしてその騒ぎに紛れてまるで焦るように結論を出し、やたら管理・強制しようとする。そして都合が悪くなると、ゴールポストを移動させてもっともらしく思わせる。これって戦時中の洗脳と同じ手法?

 我々には、そんな社会の流れに立ち向かうか諦めるしかの選択肢しか与えられない。どちらを選択するかは個人の自由だが、私は、諦めたら人としての尊厳(人権・自由)を失ってしまうような気がしてならないので、本能的にも論理的にも立ち向かっていきたいと考える。今、そんな気持ちにピタリとはまるのが、中島みゆきさんの「時代」「ファイト」「負けんもんね」「地上の星」といった歌だ。(まだもっといっぱいあるだろう)

 今、必要なのは今の社会の流れを変だと感じ、それに負けない力なのだ。その力を与えてくれるのが、中島みゆきさんの応援歌なのだ。

2022年04月29日

正義って何?

 中島みゆきさんの「Nobody is Right」という歌を聴いていてふと思ったことがある。
 正義って何だろう?正しい義。よく「正義のために」とか正義のための戦争」とか言うので、すごく完璧な良いことように思えてしまう。では、義とは?一言でいうと「人としての正しい思い」だ。
ところが、人の心は移ろいやすいしプライドもある。ということは、「義」というものは、その時その場や思いによって変化することになる。「正義」に絶対はない。その良い例が、戦争だ。勝った方が「正義」になるのだ。つまり「正義」は相対的なものであって、それぞれの都合で使われる言葉ということになる。では、「正義」の対義語は?すぐ思いつくのが「悪」。だが「正義」が相対的なものなら、必ずしも「悪」とは限らない。というわけで辞書で調べてみると「正義」の対義語は「不義」とある。辞書らしいもっともな回答だ。
 それぞれがそれぞれの心に「正義」があるのならば、「俺の正義」の対義語は「お前の正義」ということになるのかもしれない。
 では、「悪」の対義語はとうと「誰もが躊躇なく「善」と答える。「善」とは「人としての良い行い」。それは純粋で嘘偽りのない完ぺきさを感じる。ギリシャ神話に登場する正義の女神アストライアは、「善」の心を人々に育ませようと孤軍奮闘したが、結局成就することができず、怒り嘆き悲しみながら天に帰って行ってしまい、世界は鉄の時代になってしまった。その時から「善」の対義語の「悪」が人の心に宿ってしまった。つまり人間は完ぺきではない未完成の生き物。世界のトップにいる人たちは、「我々が正義だ」と拳を振り上げ声を荒げ、人々を煽り世の中を分断しようとする。そういう人たちのことを「偽善者」というのではないのか。本当に心の底から「善」の心で世界の平和・人類の幸福を考えているのなら、決して今日のような状況にはならなかっただろう。
 人間が未完成である以上、世の中には表と裏がある。以前は表側しか見せられていなかったが、最近は裏側も見え隠れするようになってきた。正義があやふやなように、どちらか片方だけが真実であることなどあり得ないだろう。私たちは流れてくるたくさんの情報に流されることなく、多角的に物事をとらえてじっくり深く考え善の心を大切にして生きて行く必要がある。

2022年04月29日

金星と木星が超ニアミス

 明日の朝は、金星と木星が超ニアミスを起こす。間隔は0.25°。腕を伸ばして立てて小指の幅の1/4ほど。望遠鏡なら100倍の視野にも余裕で入ってしまう間隔だ。しかし明日は全国的に雲に阻まれそう。
 そんなわけで、4月30日の朝先撮りをしておいた。間隔は1°と広いが、まあ撮れないよりいいだろう。4月末とは思えない冷え込みだったが久々に透明度が良く4惑星が良く見えた。焦点距離500mmのSKY90にオリンパスE-M5MkⅡボディをセットして撮影。木星の衛星も写ってまあまあの出来?
 さらに欲が出てもう少し接近した様子は撮れないものかと、11時過ぎに青空をバックに撮影してみた。さすがに―2等の木星は青空に溶けてしまいそうだが、明け方よりも間隔が狭まっていることがわかる。これは金星が木星に近づいたからだ。
 5月2日には夕方の西の空で水星と細い月が並ぶ。そしてひょっとしたら、4月21日に近日点通過をしたパンスターズ彗星(C/2021O3)もそばにいるはずなのだが、崩壊してしまった可能性がありどうも見えなさそう。まあとにかく晴れることを祈ることにしよう。

2022年04月30日

月と金星のニアミス

 春から続いている明け方の東の空での4惑星整列は、いよいよクライマックスを迎えているが、その中でもメジャーな現象が5月27日の金星食だった。ただし金星食が起こるのは鹿児島以南の沖縄や小笠原のことで、中部地方ではニアミスとなった。ただ残念なことに昼間の現象だ。前日の雨模様とは打って変わって、名古屋では午前中から青空が広がり始め、12時ごろにはほぼ快晴。これならばっちりと鼻歌交じりで準備を始めた。目盛環を使って太陽から金星を導入すると、青空をバックにきらりと光る金星と月齢26の月も淡いながらもしっかり見える。この後天気は回復傾向なので何の心配もない。ニアミスまでまだ2時間あるので余裕だ。
 ところがそう甘くはなかった、13時を過ぎたころから西の空で発生した雲が次々に流れてきて、月や金星を覆い隠す。おまけに月も金星も雲のある西へ西へと傾いて行くので最悪だ。月が金星に最も近づくのは13時49分。しかし月と金星は雲の向こうに隠れたままで一向に姿を見せようとしない。時計を見るともう14時。「あじゃじゃ最接近を過ぎてしまった・・・」でもまあ、食になるわけでもないし、最接近を逃したところで月のそばに金星がいるは変わらない。待つこと11分。雲の切れ間の青色の部分が迫って来る。チャンスとばかりに、カメラのファインダーを覗きこむ。やがて金星がうっすらと見え始め雲が薄くなるにつれ強烈な光点となってゆく。ところが月はまるでそこにはいないかのように全く見えない。仕方がないので金星を画面の中央に合わせてシャッター速度を変えながら何枚か撮影するが、あっという間に雲が迫って来る。14時30分ごろ再度シャッターチャンスが訪れたが、それ以後はThe End。
 部屋に戻り撮影した画像をパソコンでチェック。「おおっ、かすかながら月も写っているではないか!」あとは不自然にならない程度にコントラストを上げて月を強調するのみ。そうして出来上がったのがこの写真だ。月がはっきり見えた12時半ごろに撮影しておけばよかったと後悔しきりの、月と金星のニアミスであった。


撮影データ
2022年5月27日14:14 FCT125長焦点(f705mm) オリンパスE-M5Mk2ボディ、ISO LOW 1/3200″
 

2022年05月29日

木星と火星のニアミス

 5月1日は木星と金星が0.25°という超ニアミスをしたが、残念ながら雲に阻まれ見ることができなかった。結局前日の間隔1°に甘んじることになった。木星と金星のニアミスから1か月後の5月30日、今度は木星と火星がニアミスをした。今回も万一5月30日が天気が悪かったことを考えて、前日の29日も起きたが、残念ながら曇り空。本命の30日は大丈夫かと心配になったが、午前3時20分に起きて外に出ると晴れ。
 火星と木星の間隔0.6度角は、腕を伸ばして立てた小指の幅よりも狭い。月の見かけの大きさと変わらない。どんどん空は明るくなってゆくので、のんびり撮影してられない。カメラを3台用意して、1台は土星から金星までの4惑星を、もう1台は木星と火星を縦構図で、さらに3台目は、望遠鏡に取り付けてアップを狙った。
 あわただしく動き回って撮影した結果が以下の3枚だ。晴れればそこそこの写真が撮れるってことだ。

 




2022年06月01日

惑星パレード0625

 コロナが終息してきたのか、コロナによる自粛生活にうんざりしてきたのか、なんとなく忙しくなってきた。そして気が付けば、ブログを書くことをすっかり忘れてしまっていた。

もう1週間ほど前の話になるが、このところ明け方の東の空を賑わしている惑星整列(惑星パレードと言うらしい)もいよいよクライマックスを迎えてきた。6月19日から28日にかけては、金星、木星、火星、土星に加えて、水星が加わり、肉眼で見える惑星すべてが勢ぞろい。おまけに下弦過ぎの月も加わって、豪華絢爛。しかも肉眼では見えないが、土星と火星の間には海王星、木星と金星の間には天王星と、太陽系8惑星そろい踏み。思い返せば2016年2月初旬に月と5惑星がそろったことはあったが、そこに天王星も海王星も加わったのは、長い人生の中で初めてのこと。な外気はするもんだね長生きはするもんだねえとしみじみ。

 ただ、何度か3時半に起きて明け行く東の空を眺めたが、意外に雲が多めでパレードを一望することができなかかったが、6月25日は快晴に恵まれ、カメラと三脚を持っていそいそと東の空が開けた近くの公園に出かけた。ところが手持ちのレンズでは、画角が狭くて(と言っても18mmなのだが)水星から土星まで入りきらず、なくなく土星をあきらめた。

 

 

 

 

2022年07月01日

スピカ双眼望遠鏡

 今年も夏休みを迎え、望遠鏡工作教室があちこちでスタートした。
製作する望遠鏡キットは、性能・工作難度・価格3拍子揃ったコルキットスピカKT4cm。
口径50mmのKT5cmは性能面で非常に優秀だが、KT4cmに比べるとかなり大きく重くなるため、かなりしっかりした三脚が必要になる。
 さて、長年工作教室を実施していると、何度も受講してくれて、望遠鏡を2本、3本と持っている人も出てくる。そこで今年は、そういった方のためにスピカ双眼望遠鏡を試作してみた。
双眼望遠鏡と言っても、単に筒を2本並べるだけでは役に立たない。2本の望遠鏡を①平行にして、2本の望遠鏡の接眼部を②目の幅に合わせる必要がある。
 これら①②をどう組み込むか。しかも普通の工具と材料でできるだけ簡単に製作できるようにしなくてはならない。
① の平行は、片方の鏡筒を上下左右に微調整できるようにするか、片方法を上下、もう一方を左右に微調整できるようにする。
② の眼幅は、片方の望遠鏡を横にスライドできるようにする。
ということだ。
 最初に考えたのが、左側の望遠鏡が左右の調整、右側の望遠鏡が上下と眼福調整ができるようにしたタイプだった。(写真1)まあまあコンパクトに精密機械風に仕上がったが、部品点数が多く加工も煩雑なので、キット化するのはいささか面倒。


 というわけで第2弾の試作となった。今度は、片側を小下左右にもう片方を眼福調整用に左右にスライドできるようにした。そのために上下左右微調整は、塩ビパイプを使って望遠鏡のファインダーと同様のスプリングを入れたXY光軸微調整方式を採用。さらにもう片方の望遠鏡で眼福調整ができるようにした。この形式では、塩ビパイプの事前加工は若干必要になるが、部品点数は大幅に減らすことができる。写真2。やや武骨だが実用性は問題ない。


実際の調整方法や使用感は、次に回すことにしよう。

2022年07月25日

旧7月7日は今年は8月4日

 今年は梅雨が早々に明けたため、新暦7月7日の七夕の夜は久々に織姫星と彦星が愛でられるかと思ったが、台風4号が連れてきた雲で戻り梅雨になってしまい、残念ながら我が家の夜空は雲で覆われてしまった。梅雨明け宣言が速すぎたのでは?とも思ってしまう。
 やはり七夕は旧暦の7月7日が正当な七夕。一般的には旧暦の七夕は晴れる確率が高いし、織姫星も彦星も天の川とともに空高く昇る。旧暦は太陰太陽暦暦と言って、月の満ち欠けを基準にしたカレンダーなので、旧暦7月7日は、新暦のカレンダーでは毎年日付が変わる。今年は8月4日だ。

 ちなみに毎年8月1日から8月7日まではスターウィークと呼んで、バードウィークと同じ意味合いで、星に親しむ週間となっていて1995年に制定された。今年はその中日に旧七夕がやって来る。愛知県安城市の安城七夕祭もちょうどそのころの8月5日から7日と旧七夕の翌日から開催される。
 ところで、旧七夕のことを2001年から伝統的七夕と呼ぶようになった。旧正月、旧盆という言葉は残っているのに、なぜ?という疑問が残る。現在旧暦は公式に認められた暦ではないので、旧七夕という言葉が使いにくいという意味合いもあるのかもしれないが、伝統的七夕というネーミングにセンスのなさを感じてしまうのは私だけ?旧七夕の方がずっと情緒があっていいと思うのだが・・・・・
 そもそも七夕のお祭りは奈良時代後期に中国から伝わって来たものが日本人の心に定着し、日本風にアレンジされ伝統文化となって現代に伝わっているものだ。だから本来は天体に関するお祭りは、中秋の名月のように、季節感を合わせるという意味で当時のカレンダーの日付で行うのが正当だと私は考える。伝統文化を大切にし未来に残してゆくためには、そういったこだわりが必要だと思う。蛇足ながら、その観点から桃の節句も端午の節句も重陽の節句も旧暦でお祭りするべきだろう。
今となってはなかなか難しいが・・・・・
 旧七夕8月4日は、晴れますように。

2022年07月31日

スピカ双眼鏡その後

 「スピカ双眼望遠鏡」以降、忙しくて使い方や見え具合が滞てしまった。
まあ一言で表すと、調整は慣れるまで面倒だが、見え味はGOODといったところ。
 使い方は、一般の双眼鏡と基本的には同じ。まずは接眼レンズの間隔を両眼の幅に合わせる(眼幅調整)ことと、左右の望遠鏡のピントを合わせることだ。
眼幅は、左側の望遠鏡を左右にスライドして、左右の視野円が合致する様に調整する。
ピントは、月などの対象物または遠方の景色で、左右別々に合わせる。
 数千円のキットなので、対物レンズや接眼レンズの焦点距離にばらつきがあって、倍率やピンと位置に差があるのではないかと心配したが、ほとんどずれはなく高精度でできていることがわかって、ちょっとびっくり。
 次は、左右の望遠鏡を平行にすること。これは右側の望遠鏡に装備されている上下左右の微調整ねじを回して行う。左右がずれているときは、両眼で覗くと左右の像が別々の位置に二重になって見えるが、この像が合致する様に微調節ネジを回して調節するわけだ。これはなかなかシビアで難しい調整になると思ったが、二つの像を近づけてゆくと、あるところで自分の目(脳)が、自動的にぴたり重ねてしまうことに気が付いた。これはちょっとした驚きだった。人間の能力恐るべし!
 さて、調整も終わってドキドキしながら西に傾きかけた五日月に向けて覗いてみると、月が立体的に丸く見えるという感じはあまりないが、クレーターの立体感は片目で見るよりも感じられ、コントラストも解像度も上がって、数千円の口径4cmのキット望遠鏡とは思えないほど明らかに鮮明に見える。
 正直言って計画当初は、精度が出ない手工作ではうまくいかないのではないかと半信半疑だったが、その精度のなさを自分の目(脳)が補ってくれて、両眼で見ることにより一ランク上の像を魅せてくれることがわかって、感動。


2022年09月08日

11月8日の皆既月食は暗い?

 11月8日の皆既月食が目前に迫って来た。皆既月食の魅力は言うまでもなく、あの皆既中の赤い満月だ。そこで気になるのが、今回の皆既月食の皆既中の月は、明るいか暗いか、派手か地味かということ。これは大気の汚れ具合で決まるのだが、最近の朝焼けや夕焼けを見れば大まかな予想をすることができる。大気が汚れれば波長の短い青系の光はより強く散乱し、赤系の光が降り注ぐために夕焼けは派手になって、空高くまで赤や桃や紫で染め上げる。
 では、最近の夕焼けはどうだろう。季節は晩秋。例年では空気も乾燥し大気中の水蒸気量も少なくなり、空が澄んで控えめな夕焼けとなるのだが、11月2日と4日に撮影した夕焼けを見てみよう。これを見る限り控えめとは言えないやや派手目の夕焼けが南西の空を染めていることがわかる。つまり大気中のチリが増えていることを意味する。
 ということは、今回の皆既月食の皆既中の月の赤さは、やや暗めになるだろうと私は考えているのだが、果たしてどうなるだろう。答えは見たものにしかわからない。
 どうやら11月8日は晴天に恵まれそうだ。これ以後3年間は好条件の皆既月食は見られないので、しっかり瞼に焼き付けておこう。

 

2022年11月05日

完璧!!皆既月食

 11月は、例年になく忙しくて、11月8日の皆既月食の結果をアップする暇もなかった(ちょっと大袈裟)。遅ればせながら11月8日の皆既月食を振り返ろう。
 11月8日の皆既月食当日は第2火曜日。そもそも毎月第二火曜日は、中日文化センター一宮の講座が、15時30分から17時まで入っている。それに気が付いたときはすでに手遅れ。日程変更をすることができずそのまま当日に突入。17時まで講座をやって家に帰っていては18時09分の欠け始めに絶対に間に合わない。結局10分早く終わらせてもらって猛ダッシュ!あらかじめ望遠鏡はセットしておいたので、なんと18時05分から撮影開始することができた。おまけに天気は快晴。最初から最後まで心置きなく撮影できた。
 さて、気になる皆既中の月の明るさだが、個人的には標準的な皆既中の月よりもやや暗く感じたが、先入観もあるので何とも言えない皆さんの目にはどう映っただろうか。


 今回は天王星食もあるということで、意識して月の周りの微恒星を見ていたが、天王星食の1時間ほど前に7等級の星が皆既中の赤い月の後ろに消えていった。そしていよいよ20時34分天王星の潜入だ。低倍率でも明らかに構成と違う青っぽい円盤像?であることがわかる。21時21分の出現もばっちり。


 久々に減少時刻も減少高度も天気もパーフェクトな皆既月食だった。おまけに天王星食付き。これが土星食だったらもっと感動したに違いないが、贅沢は言うまい。
 次の月食は、2023年は、5月6日深夜の半影月食と、10月29日明け方の部分月食があるが、どちらも皆既には全く及ばない。次に皆既月食が条件よく見られるのは2025年9月8日まで待たなければならない。

2022年11月30日